一人暮らしを始めるため、僕は古いアパートを借りた。築年数がかなり経っているせいか、家賃は格安で、部屋には珍しい和室があった。和室の雰囲気が妙に落ち着く感じが気に入り、僕はそこを寝室にすることにした。
畳の上に布団を敷いて眠る生活は思いのほか快適だった。狭いけれど、昔ながらの押し入れがあって、引き戸の音がなんとなく心地良い。慣れない生活に少し疲れていたけれど、新しい部屋での生活には満足していた。
目次
押し入れからの物音
その夜――布団に潜り込み、深い眠りについていると、押し入れの中から物音が聞こえた。
「……カタ……カタ……」
何かが押し入れの中で揺れたり、動いたりするような微かな音だ。目が覚めた僕は、一瞬「風で何かが動いたのか?」と思ったが、押し入れの戸は閉まっている。風が入るはずもない。
妙に気になって、僕は布団を出て押し入れの前に立った。引き戸に手をかけ、ゆっくりと開ける――。
押し入れの中の「未来」
押し入れの戸を開けた瞬間、僕は言葉を失った。
そこに広がっていたのは、まるで未来のような街並みだった。
高層ビルが立ち並び、無数のネオンが煌めく夜の街。ビルの間を飛び交う車や、空中に浮かぶ電光掲示板が眩しく光っている。まるで映画の中でしか見たことがないような、SFの未来世界だった。
僕はその異様な光景に呆然とし、高層ビルの窓からその街を眺めているような感覚に包まれた。押し入れの中に広がる未来都市――現実とは思えない光景が、確かにそこにあった。
透明な壁
思わず手を伸ばした僕は、その世界に触れようとした。しかし――。
ピタッ。
何か透明な壁のようなものに遮られ、手がそれ以上進まない。見えている街並みの向こうに、目には見えないガラスのような壁があるようだった。
僕はさらに押し入れの奥を覗き込もうとしたが、何も見えない壁が行く手を阻んでいる。まるで「これ以上は近づくな」と言わんばかりに。
目の前の未来の街には、人影のようなものも見えた。誰かが歩いているような気配があり、空を飛ぶ車が何台も行き交う。その街がただの幻ではなく、実際に存在している世界だと、直感的に感じた。
朝の光と消えた風景
僕はしばらくの間、その風景に心を奪われていた。もしかしたら、このまま押し入れの向こうに飛び込めるかもしれない――そんな衝動に駆られながらも、透明な壁に阻まれて、それ以上進むことはできなかった。
すると、やがて朝日が差し込む時間になった。
窓から漏れた光が和室を照らし始めると、押し入れの中の未来の街並みが、少しずつ薄れていった。
そして――。
未来の街は完全に消え、そこにはただの押し入れが戻っていた。布団や荷物を入れておくための、古い木の棚があるだけの普通の押し入れだ。
戸惑いと不思議な日々
僕は布団に戻りながら、頭の中で何度も今見た光景を反芻した。あれは一体なんだったのか? 夢ではない――確かに押し入れの向こうには、未来の街が広がっていたのだ。
その後、何日か同じように夜遅くまで起きて、押し入れを開けてみたが、未来の街は二度と現れなかった。
「もしかしたら、あの光景は夢だったのかもしれない」
そう思いかけた頃、僕はあることに気づいた。
午前4時を過ぎると、必ず押し入れが少し冷たくなるのだ。まるで、何かがその奥で待っているかのような感覚が漂う。
もしかしたら――。
あの未来の街は、まだどこかで存在していて、僕に再び現れる瞬間を待っているのかもしれない。
それ以来、僕は毎晩布団に入るたび、押し入れの向こう側に何があるのかを考えるようになった。そして今も――いつかまたあの未来が見えるのではないかという期待を、心のどこかで抱いている。
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