その夜、僕はふと目を覚ました。理由は分からない。ただ、胸の奥に何とも言えない嫌な予感が渦巻いていた。寝室は真っ暗で、窓から差し込むわずかな月明かりだけが部屋を照らしている。
喉が渇いたから起きたのかとも思ったが、どうもそれだけではない。部屋の空気がいつもと違う――何か重苦しい気配が漂っているのだ。
そしてすぐに分かった。その違和感の正体は、寝室のクローゼットから来ていた。
普段、気にしたこともないクローゼット。しかし、その夜はなぜか、そこに何かがいると確信できた。何も見えていないのに、あの扉の向こう側にただならぬ気配が漂っている。
心臓が早鐘のように打ち始め、全身が冷たくなっていく。
「開けるな」――そんな声が頭の中で響いたが、不思議なことに体は勝手に動き、僕はゆっくりと布団を抜け出した。
足音を立てないように、慎重にクローゼットの前に立つ。冷たい手が震えながら、扉の取っ手に触れた。
「開けちゃダメだ……」と自分に言い聞かせながらも、なぜか開けずにはいられなかった。
ゆっくりと扉を引き開けると――。
中には、いつもの服や荷物ではなく、まったく別の場所が広がっていた。
そこは不気味な石畳の路地だった。薄暗く湿っぽい空気が漂い、路地の先は深い闇に包まれている。ところどころに倒れた街灯があり、その灯りがぼんやりと足元を照らしていた。
僕は立ち尽くしていたが、そのとき――足音が聞こえた。
コツ……コツ……
足音は、路地の奥からゆっくりと近づいてくる。
誰かがいる――そう思った瞬間、恐怖が背中を這い上がった。いや、ただの「誰か」ではない。あの足音は普通ではない。まるで、こちらを狙い、捉えようとするもののようだった。
路地の奥から、長い影が見えた。
その影はゆっくりとこちらに向かって伸びてくる。
「まずい……閉めなきゃ……」
僕はクローゼットを閉めようとしたが、なぜか手が動かない。何かに体を縛られたように、動けないのだ。
そして――影の主が路地から姿を現した。
それは、異様に長い手足を持った人型だった。顔の輪郭はぼんやりとして見えないが、長い腕が地面に引きずられ、異様にかがんだ姿勢でこちらに向かって歩いてくる。
僕は叫びたかったが、声が出なかった。全身が凍りついたように固まっていた。ただ、奴がこちらに向かってくるのを見ていることしかできなかった。
次の瞬間――。
それは、突然走り出した。
僕は本能的に扉を閉めようとしたが、奴の動きは異常に速く、もう目の前まで迫っていた。足音が耳元で響く。奴がこのまま僕に飛びかかってくる――そう思った瞬間、目をぎゅっと閉じた。
そして――何も起こらなかった。
恐る恐る目を開けると、そこには――何もないクローゼットが戻っていた。
洋服と荷物が詰まった、ただの収納スペース。さっきまで広がっていた路地も、長い手足の人型も消えていた。
僕は何が起こったのか理解できず、ただクローゼットの扉を閉め、布団に戻った。全身の震えが止まらないまま、夜が明けるのを待つしかなかった。
二度と味わいたくない恐怖
それ以来、僕は二度と深夜にクローゼットを開けることはなかった。あの夜に見たものが何だったのか、どこに繋がっていたのか――今もわからない。
ただひとつ言えるのは、あの夜の恐怖はもう二度と味わいたくないということだ。
もしまたクローゼットの向こうに、あの闇の路地が現れるとしたら――今度は僕は逃げ切れないだろう。
だから、今でも寝る前に必ず確認する。
クローゼットの扉が、きちんと閉まっているかどうかを。
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