病室の天井をじっと見つめている。何も考えず、ただ目を開けて、閉じて、また開けて――そんな日々が続いている。
僕は老人だ。もう、立つことも、歩くこともままならない。体はすっかり痩せ細り、骨ばった腕を見るたびに、「ああ、もう長くないな」と感じる。
死が近づいていることは、わかっていた。年齢のせいもあるが、この病は容赦がない。最初はまだ口にできていた食事も、今はもう喉を通らなくなってしまった。
看護師や医者たちは親切にしてくれるが、そのやり取りも徐々にぼやけていくように感じる。頭の中は静かで、ただぼんやりと人生を思い返すことが増えた。
それでも、不思議と後悔はない。僕は幸せな人生を送った――そう言える。だが――。
目次
夢の中の自分
最近、毎晩不思議な夢を見る。夢の中で、僕は小さなテーブルに座っている。
そして、向かいには――もう一人の僕がいる。
若い頃の自分でもなく、今の自分と同じ顔をした僕だ。彼はいつも、穏やかな声でこう聞いてくる。
「どうだった? 君の人生は」
僕はその質問に、何度も同じように答えてきた。
「良い人生だったよ。友人もたくさんいたし、結婚して、子どももできた。家族にも恵まれて、本当に幸せだった」
「それは良かった」
向かいの僕は微笑んで、ゆっくりと頷く。それから、僕はふと胸の奥にしまっていた想いを口にする。
「……ただ、もっと違う世界で生きてみたかった気もするんだ」
「違う世界?」
「そうさ――魔法や剣の世界だよ。ドラゴンや魔物と戦う、あの物語のような世界さ。ゲームの中だけの話だけど、そんな世界で冒険するのも楽しそうだと思わなかったか?」
そう語ると、向かいの自分は、まるで子供の夢を聞くように優しい目で僕を見つめていた。
「もう一度、そういう世界で生きてみたい?」
「……できるものならね」
僕は笑いながら答える。夢の中で語るその時間は、どこか懐かしく、楽しいひとときだった。
警告音
現実の僕の身体はどんどん弱っていた。ある日から、心臓や呼吸を監視するための機械が体中に取り付けられた。管やコードに繋がれ、僕の身体はまるで壊れた機械を補修するように維持されている。
「ちゃんと心臓が動いているかチェックしているんですよ」と看護師が教えてくれたが、もはやその言葉も遠く感じる。
ある日――。
ピーピー!
突然、機械が激しい音を立て始めた。
「先生! 来てください!」
看護師の声とともに、医者たちが僕の周りに集まってくる。慌ただしい声が交差する中、僕はまぶたを開けようとするが、それすらもできない。
――もういい、ただ目を閉じよう。
そう思った瞬間、また夢の中の世界にいた。
「もう一度、生きてみないか?」
小さなテーブルの前に、もう一人の自分がいる。
いつものように、優しい表情で僕を見つめ、静かにこう言った。
「どうする? さっき話していた、魔法や剣の世界でもう一度生きてみないか?」
「本当にそんなことができるのか?」
僕は思わず問い返した。だが、彼はただ穏やかに微笑むだけだ。
「やってみたいんだろう?」
僕は静かにうなずいた。
「じゃあ――この扉を開けなさい」
扉の前で
気がつくと、目の前に一枚の扉が立っていた。
どこまでも滑らかで、木目が美しい、不思議な扉だった。淡い光が漏れ、まるでその向こうには新しい世界が待っているかのように感じられる。
僕はゆっくりと立ち上がり、扉の前に立った。
「これを開けたら、僕は――」
「その向こうで、新しい冒険が始まるさ」
向かいの僕は笑って言った。その笑顔を見て、僕は心の底から嬉しくなった。
「……ありがとう」
僕は静かに、扉の取っ手を握った。冷たくもなく、温かくもない、不思議な感触だった。
ゆっくりと扉を押し開けると――。
そこには、広大な世界が広がっていた。
風の音が耳をくすぐり、どこまでも広がる草原には見たこともない植物が揺れている。遠くの空には、巨大な竜の影が舞っていた。
「さあ、行こう」
僕は一歩、扉の向こうへと踏み出した。
そして、その瞬間――僕の冒険が始まった。
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