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夜の散歩――偽りの街の訪問者 怖い話 奇妙な話 不思議な話 短編集

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その夜、私はふと目が覚めた。部屋は暗く、静寂が耳に重く響く。時計を見ると深夜2時を少し過ぎたところだった。何が原因で目覚めたのか分からないが、隣で寝ていたペットの犬、モカも起きていて、こちらを見上げていた。

「どうした、モカ? 眠れないのか?」

モカは小さく鼻を鳴らし、しっぽをぱたぱたと振った。私は寝直そうと目を閉じてみたが、全く眠れない。頭が妙に冴えてしまい、落ち着かない感覚が体に広がっていた。

「こんなに眠れないなら、少し散歩でもするか…」

そうつぶやいてベッドから起き上がり、モカのリードを取り付けた。深夜の散歩は珍しいが、モカも喜んでいるようだった。私はコートを羽織り、静かな夜道へと足を踏み出した。

家の周りは、さすがに深夜とあって人気がない。街灯が点々と続く通りを歩き、涼しい夜風を感じると、少しずつ気分が落ち着いてきた。モカは元気に歩き回り、私の隣を楽しそうに行ったり来たりしている。

歩くうちに、いつもは通らない小道へと足が向かっていた。少し古びたアーチ型の通りを抜けると、突然、見知らぬ街並みに出た。

「こんなところあったっけ…?」

周囲を見渡すと、そこには今まで見たことのない街が広がっていた。古びた建物や石畳の道、ところどころにかすかに明かりが灯っているが、妙に薄暗い。その空気は、まるで時間が止まっているかのような感覚を抱かせた。

モカは急に足を止め、耳を立てて周囲を警戒している。私も気づかぬうちに呼吸を浅くしていた。何かがおかしい――そう感じ始めた。

数歩進んだ先、街角から数人の人影が見えた。彼らはゆっくりと歩いている。私は少しホッとし、軽く挨拶しようとしたが、すぐに足が止まった。

「……」

彼らは無表情で歩いていた。笑顔を浮かべているが、目には生気がなく、ガラス玉のように冷たい光を宿している。口元は引きつったように上がり、何かを真似ているかのような、不自然な笑みだ。

モカが低くうなる声を出し、しっぽを下げた。私の心臓も一気に鼓動を速めた。これは普通の人間ではない――私の直感がそう告げていた。

「……行こう、モカ」

私はモカを引き寄せて、その場を離れようとしたが、ふと別の方向にも同じような「人々」がいるのが目に入った。彼らも無言でこちらを見ている。視線が合うたび、冷たい汗が背中を流れた。

どうにかしてこの街を抜け出そうとしたとき、遠くの方から制服を着た警察官のような人物が現れた。その人だけは普通の人間に見えた。私の焦った様子を見て、彼はゆっくりと近づき、静かな声で話しかけてきた。

「こんなところに紛れ込んでしまったのか…」

彼は軽くため息をつき、私を見て優しい目をした。

「もう、ここには来ちゃダメだよ。」

その言葉を聞いた瞬間、目の前の光景が一瞬で消え去った。気がつくと、私は自宅近くの見慣れた道に立っていた。モカも私の足元で震えていたが、街の異様な雰囲気はもうどこにもなかった。

「……なんだったんだ、あれは…」

私はモカを抱き寄せ、家路へと急いだ。深夜の街は静かで、風が木々を揺らしているだけだった。しかし、あの偽りの人々の無機質な笑顔が、私の脳裏にしつこくこびりついて、しばらく離れなかった。



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