診察室には穏やかな空気が流れていた。患者の男性は、どこか満足そうな笑みを浮かべて椅子に座っている。私が定期的な質問を終えると、彼はふと話を始めた。
「先生、最近、すごく気分のいい夢を見たんです。現実だったらいいなって思うくらい理想的な夢で……」
彼の表情には、その夢の余韻がまだ残っているようだった。私は興味を持ち、話を促した。
「どんな夢だったんですか？ぜひ聞かせてください。」
彼は少し目を輝かせながら、夢の内容を語り始めた。
「夢の中で、僕はデイトレーダーとして生活していたんです。朝、目が覚めて、気分転換に近所の公園や遊歩道を散歩していました。朝の空気が気持ちよくて、鳥の声が聞こえて……その時間が本当にリラックスできるんです。」
彼はその風景を思い浮かべるようにしながら続けた。
「散歩から帰ってくると、ちょうど株式市場が開く時間になるんです。9時少し前にパソコンの前に座って、モニターをチェックしてトレードを始めるんですよ。それがまた楽しくて、頭が冴える感覚があるんです。」
「トレード中はどんな気持ちでしたか？」
「緊張感もあるんですけど、それ以上に充実感がありました。自分で考えた取引がうまくいくと達成感があって……失敗することもあるんですけど、それもまた学びになるって思えて。なんていうか、仕事に追われる感覚がなくて、自分のペースで進められる感じがすごく心地よかったです。」
彼はその時の感覚を思い出し、微笑んだ。
「午前中のトレードが終わった後は、どう過ごしていましたか？」
「午後は株価の動きが穏やかなので、のんびり過ごしていました。家のベランダでコーヒーを飲んだり、本を読んだり……たまにはまた散歩に出かけたりして。本当に自分の時間を自由に使えて、夢の中なのに『これが理想の生活だな』って思いました。」
彼の声には、夢の中で感じたゆとりと満足感がにじみ出ていた。
「その夢の中で、特に印象に残った出来事や気持ちはありますか？」
「そうですね……自分の生活に余裕があるっていうのが一番印象的でした。現実では仕事で忙しくて、なかなか自分の時間を取れないことが多いんですけど、夢の中では時間に追われることが全然なくて、心に余裕がありました。それが一番の違いだなって感じました。」
彼は少し感慨深げに話を続けた。
「その夢から覚めた時、どんな気持ちが残っていましたか？」
「すごく幸せな気持ちと、ちょっとした寂しさがありました。『ああ、夢だったんだ』って分かった時は少しがっかりしましたけど……でも、その夢のおかげで、こういう生活を目指してみたいなって思うようになりました。」
彼は夢が現実に与えた影響について考え込むように語った。
私はその夢が、彼の心の奥底で求めているものを映し出しているのではないかと感じ、慎重に尋ねた。
「その夢は、あなたが理想とする生活の形を象徴しているのかもしれませんね。最近、時間や仕事に追われていると感じることが多かったりしませんか？」
彼は少し頷き、静かに答えた。
「確かに、現実ではいつも忙しくて、自分の時間を持つ余裕がなかったですね。この夢を見て、もっと自分の時間を大切にしようって気持ちが強くなりました。」
診察室を後にする彼の背中を見送りながら、私はその夢が彼にとってどれほど重要な気づきをもたらしたのかを思い返していた。夢の中の理想の生活――それは彼が本当に求めている自由や充実感の象徴だったのだろう。彼がその理想を現実に少しでも近づけ、心から満たされた生活を送れる日が来ることを願っていた。
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