怖い話 奇妙な話 不思議な話 短編集

アビスが消えた日 怖い話 奇妙な話 不思議な話 短編集

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私はエナジードリンクが好きで、毎日のように飲んでいる。中でも特にお気に入りだったのが「アビス」という商品だ。深い青色の缶に描かれたシンプルなロゴ、独特の爽やかな味とほどよい甘さ――どれをとっても最高だった。

しかし、ある日突然その「アビス」が店頭から姿を消した。

販売終了の知らせ

最寄りのコンビニで「アビス」を探したが、どこにも見当たらない。不安になり店員に尋ねると、「ああ、あのエナジードリンクですか?販売終了になったみたいですよ」とあっさり言われた。

その時の衝撃は大きかった。長年飲み続けていたお気に入りの商品が、突然手に入らなくなるなんて考えたこともなかった。

「どうして販売終了なんだ……?」

家に帰るとすぐにネットで調べた。しかし、特に目立ったニュースも発表もなく、ただ販売が終了したという事実だけが記されていた。

偶然の出会い

それから数週間、私は他のエナジードリンクで代用していたが、どうにも「アビス」の代わりにはならなかった。

そんなある日、仕事帰りに立ち寄った街外れの小さな商店で、奇妙なものを見つけた。

それは、棚の隅にひっそりと並んでいた「アビス」だった。

「嘘だろ……?」

驚きながら缶を手に取り、すぐに店主に尋ねた。

「これ、まだ売ってるんですか?」

すると店主は、不思議そうに首をかしげながらこう言った。

「いやぁ、ずいぶん前から置いてあるけど、いつ仕入れたか覚えてないんだよな。でもあんたが欲しいなら持って行きな。」

店主の曖昧な返事に引っかかりを覚えつつも、私はその場で数本を購入した。

久しぶりの味

家に帰り、「アビス」を冷蔵庫で冷やしてから一口飲んだ。

「これだ、この味だ……」

久しぶりに味わうその独特な風味は、記憶の中よりも鮮明で、どこか異様な感覚を覚えた。それは美味しいという以上に、体に染み込んでいくような感覚だった。

異変の始まり

翌朝、目覚めると朝からアビスを飲んだ。

飲んだ後は、妙な違和感があった。頭が異常にすっきりしており、体が軽く感じられる。

「気のせいかな……?」

そう思いながら仕事に向かったが、日中も集中力が普段以上に冴えており、どれだけ働いても疲れを感じなかった。

記憶の断片

それから数日間、私は毎朝「アビス」を飲み続けた。しかし、次第に奇妙な現象が起こり始めた。

過去の記憶が鮮明に蘇るのだ。それは、幼少期の思い出から、普段忘れているような日常の出来事まで、まるで映像を見るかのようにリアルに浮かび上がってきた。

最初は懐かしさを感じていたが、次第に不安が募った。

「なんでこんな細かいことまで覚えているんだ……?」

さらには、自分が経験した覚えのない記憶までもが断片的に浮かび上がるようになった。それらはどれも「アビス」を飲む前後に現れるのだった。

商店の消失

気味が悪くなった私は、もう一度あの商店を訪れることにした。しかし、その場所には商店どころか建物そのものが存在していなかった。

「確かここだったはず……」

戸惑いながら辺りを歩き回ったが、やはり見つからない。誰かに聞こうと周囲をうろついていると、一人の老人がこう話しかけてきた。

「あそこに商店があったのは、もう10年以上前の話だよ。」

残された缶

家に戻り、冷蔵庫を開けると、最後の「アビス」が一本だけ残っていた。

「これが最後……」

私はその缶を手に取り、少し迷ったが飲むことにした。一口飲むと、記憶がさらに鮮明になり、頭の中で何かが弾けたような感覚に襲われた。

その瞬間、全ての感覚が一瞬だけ途切れ、気が付けば缶は空になっていた。

その後

その日を境に、「アビス」に関する情報が私の記憶から徐々に消えていった。飲んでいたことは覚えているが、味や缶のデザインさえも思い出せなくなった。

あの商店も、どこで見つけたのか曖昧になり、気づけば「アビス」は私の生活から完全に消えていた。

「アビス」は本当に存在していたのか、それともただの幻だったのか――それは今でも分からない。ただ、あの飲み物が私の記憶に何かを刻みつけ、そして奪っていったことだけは確かだと思う。



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