それは、私が友人と一緒に温泉旅行へ行ったときのことだった。
忙しい日常から解放されたいと思い、ネットで見つけた静かな山奥の温泉旅館を予約した。口コミでは「自然に囲まれた癒しの宿」と高評価だったし、写真で見る限り、建物も古き良き趣がある素敵な場所だった。
しかし、あの旅館で体験した出来事は、今でも私の記憶に深く刻まれている。
目次
静かな山奥の旅館
その旅館は、本当に山奥にひっそりと佇んでいた。車を停めて正面を見ると、木造の立派な建物が見えた。看板には「湯川旅館」と書かれている。
旅館の中に入ると、年配の女将さんが笑顔で迎えてくれた。館内はひんやりしていて静かだったが、どこか居心地の良い雰囲気があった。
「静かでいいところだね。」
友人とそう話しながら、案内された部屋に荷物を置いた。部屋は純和風で畳の香りが心地よい。ただ、一つだけ妙なことがあった。
部屋の片隅に置かれた古びた鏡台。木枠が黒ずみ、鏡面も少し曇っている。古い旅館だから仕方ないと思ったが、どこか不気味な雰囲気を感じた。
大浴場での異変
夕食を楽しんだ後、私たちは大浴場へ向かった。広々とした温泉には誰もおらず、貸切状態だった。
露天風呂からは山々が見え、湯けむりが立ち上る景色は幻想的だった。友人とおしゃべりを楽しみながら湯につかり、リラックスしていた。
しかし、露天風呂から内風呂に戻った時、奇妙なことに気づいた。
壁に掛けられた大きな鏡に映る自分の姿――
その表情が、私がしているものとは明らかに違っていたのだ。
私は微笑んでいたはずなのに、鏡の中の自分は冷たい目をして無表情だった。
「……なんだ、これ。」
一瞬、目を疑ったが、もう一度鏡を見てもやはり同じだった。
「ねえ、この鏡、変じゃない?」
友人に声をかけたが、彼女は首をかしげるだけで「何もおかしくないよ」と答えた。
結局、それ以上は怖くて何も言えず、私たちは早々に風呂を出ることにした。
鏡台の前での恐怖
部屋に戻ると、あの古びた鏡台が目に入った。どうしても気になり、何気なく鏡台の前に座ってみた。
その瞬間――
鏡の中の自分が、私より一瞬早く動いたのだ。
例えば私が右に首を傾けると、鏡の中の自分はほんのわずかに先に同じ動きをする。
「……嘘だよね?」
息が詰まるような恐怖を覚え、立ち上がろうとした時だった。鏡の中の“私”が、突然こちらをじっと見つめたまま動かなくなった。
その“私”の唇が微かに動き、こう言った。
「ここにいるのは、本当に“あなた”?」
友人の異変
震える手で鏡台から離れ、布団に潜り込んだ私は、何とか気を落ち着けようとした。
しかし、その夜、さらに奇妙な出来事が起きた。
隣で寝ていた友人が、突然むくりと起き上がったのだ。
「どうしたの?」と声をかけても、返事はない。彼女はまるで何かに引き寄せられるように、ゆっくりと鏡台に近づいていった。
そして、鏡をじっと見つめたまま、ぽつりとつぶやいた。
「……入れ替わる?」
私は慌てて友人を引っ張り戻した。その瞬間、彼女は「どうしたの?」と何事もなかったかのように私を見たが、その目にはどこか別人のような違和感があった。
旅館を後にして
翌朝、私は女将に「あの鏡台、何かいわくがあるんですか?」と尋ねた。しかし、女将は少し考え込むと、「昔からこの鏡台だけは動かさないようにしている」とだけ言った。
それ以上の説明はなく、私たちは早々にチェックアウトしてその旅館を後にした。
しかし、その後、友人の様子が明らかに変わった。普段は明るい彼女が、どこか陰気で無表情になることが増えたのだ。そしてある日突然、彼女からの連絡は途絶えた。
最後に届いた手紙
数ヶ月後、彼女から一通の手紙が届いた。そこにはこう書かれていた。
「あの旅館の鏡台の前に、また戻らなければいけない気がする。私が“本当に私”でいるために……」
それ以来、彼女の行方は分からない。
もしあなたが温泉旅館を訪れることがあれば、部屋に置かれた鏡台や鏡に注意してほしい。そこには、“もう一人のあなた”が映っているかもしれない――。
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