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フレックスタイムの“歪み”――自由な働き方がもたらした奇妙な現象 怖い話 奇妙な話 不思議な話 短編集

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私はIT企業に勤める普通の会社員だ。うちの会社はフレックスタイム制度を導入しており、出勤時間と退勤時間をある程度自由に決められる。朝が苦手な私は、基本的に昼前に出社し、夜遅くまで働くスタイルだった。

ある日、ふと思った。「フレックスタイムをもっと極端に活用したらどうなるんだろう?」
例えば、深夜に出社して朝方に帰るとか。普通ならそんなことをする人はいないが、社内規定には特に問題がない。

ちょうど大きな案件が一段落し、しばらく自由な働き方ができるタイミングだったので、私は試しに翌日から「夜型勤務」を始めることにした。

奇妙なオフィス

翌日、午後11時にオフィスへ出勤した。

ビルの入り口は静まり返り、フロアにはほとんど人がいない。唯一、総務の人間が警備の確認をしているくらいだった。私は挨拶をし、自分のデスクへ向かった。

社内は薄暗く、蛍光灯の光が妙に冷たく感じる。夜のオフィスは、昼間とはまったく別の空気を纏っているようだった。

とはいえ、特に問題はない。むしろ、静かで仕事がはかどる。深夜2時を過ぎたころ、私は休憩がてら給湯室へ向かった。そのとき、ふと気づいた。

「誰かいる?」

視界の端に、コピー機の前で何かを操作している人物が見えた。

こんな時間に誰かいるのか? フレックス勤務とはいえ、深夜に働く同僚がいるとは聞いていない。

私は近づいてみた。

そこにいたのは、見たことのない男性だった。

存在しない社員

「あの……どこの部署の方ですか?」

私は恐る恐る話しかけた。

すると、その男性は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに微笑んでこう答えた。

「……君こそ、誰?」

「え?」

私は頭が混乱した。

「私は開発部の○○です。この時間に誰かがいるなんて思いませんでした」

すると、彼は少し考え込んだあと、驚いたように言った。

「開発部? そんな部署、うちの会社にないよ」

違う時間のオフィス?

その言葉を聞いて、背筋が凍った。

開発部がない? そんなはずはない。私は何年もここで働いている。

「すみません、どういうことですか?」

彼は戸惑いながらも、名刺を差し出した。

そこには、まったく知らない会社の名前が書かれていた。

私は自分の名刺を渡し、お互いに確認し合ったが、どうやらお互いに「ここが自分の会社だ」と認識しているようだった。

「……なんか変ですね」

私はスマホを取り出し、会社の公式サイトを開こうとした。しかし、なぜかアクセスできない。

「ネットワーク障害かな……」

男性も同じようにスマホを操作していたが、どうやら同じ現象が起きているらしい。

「どうやら……君と私は“違う時間”のオフィスにいるのかもしれない」

彼はそうつぶやいた。

フレックスタイムの“歪み”

もしかして――

私はフレックスタイムを極端に活用した結果、時間のズレが生じ、別の“時間軸”にいる社員と遭遇したのではないか?

私は、彼にいつからこの会社で働いているのかを聞いた。すると、彼の答えは――

「5年前から」

私は言葉を失った。

なぜなら、私が入社したのは3年前だからだ。

「この会社、もしかして……」

私は自分のPCを開き、社内システムにログインしようとした。しかし、IDもパスワードも認識されない。

「……ここ、本当に俺の会社なのか?」

私は血の気が引いた。

翌朝の現実

その後、私は何とかその場を離れ、帰宅することにした。

朝方、ビルを出たときには、頭が混乱していた。

自宅に戻り、眠りについたあと、翌日はいつもの時間に出社した。

すると――

「おはようございます! 昨日は見ませんでしたけど、お休みでした?」

同僚がいつものように話しかけてきた。

私は昨日、深夜に働いていた。しかし、誰も私が深夜に出勤していたことを認識していないらしい。

試しに総務の人に聞いてみたが、「昨日の夜勤の出社記録はない」と言われた。

あの夜、私はいったいどこにいたのだろう?

今でも、深夜のオフィスで出会ったあの男の名刺を、私は大事に持っている。そこには、存在しない会社名がはっきりと記されている――。



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