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霊山・黒森岳――決して立ち入ってはいけない山 怖い話 奇妙な話 不思議な話 短編集

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黒森岳という山

東北地方のとある県に、「黒森岳(くろもりだけ)」と呼ばれる山がある。

標高は1300メートルほど。観光地としてはほとんど知られておらず、地元の人々の間でも「近づいてはいけない山」とされている。

それには理由がある。

黒森岳に入った者の多くが、帰ってこないからだ。

そして、もし戻ってきたとしても、「二度と口を開かない」と言われている。

失踪した登山者

2005年、黒森岳に入った登山者・田辺は、数日後に行方不明となった。

彼は地元の登山サークルに所属するベテラン登山家で、装備も万全だった。しかし、登山開始の翌日から連絡が途絶え、家族が捜索願を出した。

警察と地元の捜索隊が山を調べたが、彼の足跡は途中でぷつりと途絶えていた。

まるで、山のどこかで「消えてしまった」かのように。

奇妙な声を聞いた者たち

田辺の失踪から3年後、彼の知人だった登山仲間が黒森岳を訪れた。

「山のどこかで、田辺の声が聞こえた」

そう証言する者が現れたのだ。

曰く、山の中腹あたりで、「おい……助けてくれ……」というかすかな声を聞いたのだという。

しかし、声のする方へ向かっても、そこには何もなかった。

それどころか、次第に声は増え、「助けて」「帰れない」「こっちへ来るな」といった、複数の声が重なり始めたという。

怖くなった彼はそのまま下山し、二度と黒森岳に近づくことはなかった。

発見された田辺

それからさらに5年後、田辺が発見された。

ただし――生きた姿ではなく、白骨化した遺体として。

驚くべきことに、発見された場所は黒森岳の登山口からわずか500メートルの地点だった。

なぜ、捜索隊が何度も通ったはずの場所で見つからなかったのか?

さらに奇妙だったのは、田辺の登山靴が新品同様の状態だったこと。

遺体の服はぼろぼろに朽ちていたのに、靴だけはまるで最近履いたばかりのように綺麗だった。

そして、彼のリュックには、日記が残されていた。

田辺の最後の記録

日記には、こう書かれていた。

「山の中で、道が変わる。何度歩いても同じ場所に戻る」
「気づいたら夜になっていた。時間の感覚がおかしい」
「声が聞こえる。俺の名前を呼ぶ声がする」
「一晩過ごしたつもりなのに、もう数日経っているようだ」
「下山しようとしても、道がない」
「ここは……どこなんだ?」

そして、最後のページには、こう記されていた。

「俺は、もう帰れない」

それ以降、黒森岳に登ろうとする者はいなくなった。

しかし――

今もなお、山の奥深くで誰かが助けを求める声が聞こえるという。

それが田辺のものなのか、それとも別の誰かなのかは、誰にもわからない。

ただひとつ確かなのは……

黒森岳には、決して立ち入ってはいけない。



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