【恐怖体験】「告知事項ありの物件」──心理的瑕疵が消えない理由　怖い話　奇妙な話　不思議な話　短編集

告知事項のある部屋

転職をきっかけに、俺は新しいアパートを探していた。

条件は家賃5万円以下・駅徒歩圏内・即入居可。

いくつかの物件を回っていると、不動産会社の担当者が少し言いづらそうな顔でこう言った。

「実は、もう一つだけ空いている部屋があります」

「条件は？」

「家賃3万5000円・駅徒歩5分・リフォーム済み・即入居可」

俺は驚いた。
このエリアでその条件は、相場の半額以下だったからだ。

「……何かあるんですか？」

すると担当者は少し目を伏せ、こう言った。

「告知事項ありです。」

「告知事項？」

「いわゆる心理的瑕疵（しんりてきかし）**がある物件です」

俺は心理的瑕疵という言葉にピンと来なかった。

「心理的瑕疵って……？」

担当者は静かに説明を始めた。

【心理的瑕疵とは】
心理的瑕疵とは、その物件で過去に事件や事故、または自殺や孤独死が起きた場合、
「その事実によって住む人が心理的な抵抗を感じる可能性がある」ことを指す。

法律上、不動産会社は「次の入居者には、その事実を必ず告知しなければならない」。
これが「告知事項ありの物件」だ。

ただし、その事実は一定期間（例えば3年間）を過ぎると告知義務がなくなるケースもある。

「……つまり、過去に誰かが亡くなったんですか？」

俺の問いに、担当者は少し言いづらそうに答えた。

「ええ……2年前、この部屋で男性が首を吊って亡くなっています」

「自殺……」

「ただ、その後もすぐに次の入居者が決まったんですが……」

「ですが？」

「その方も、半年後に同じ場所で自殺しています」

一気に血の気が引いた。

「それって、つまり……二人続けて？」

担当者はうなずいた。

「一応、リフォームしてますし、壁紙も全部張り替えています。
ですが……正直、何かあるんじゃないかって噂されてまして」

普通なら断る。

でも俺は家賃の安さに負け、軽い気持ちで契約してしまった。

入居初日からの違和感

入居初日。

部屋自体はとても綺麗だった。
リフォーム済みで、壁紙も真新しい。

「なんだ、普通の部屋じゃん」

軽く荷物を運び入れ、その日はすぐに寝た。

……だが、深夜3時頃。

「コン……コン……」

ドアをノックする音で目が覚めた。

「……え？」

時計を見ると午前3時15分。

「宅配便……のはずはないよな」

恐る恐るドアスコープを覗いたが、誰もいない。

「気のせいか……？」

そう思いながら布団に戻った。

だが——

「コン……コン……」

またノック音。

しかも、今度はクローゼットの中からだった。

「……は？」

恐る恐るクローゼットを開けた。

何もない。

「気のせい、だよな……」

俺は布団をかぶり、無理やり眠りについた。

壁の裏から聞こえる音

翌日。

仕事から帰宅し、シャワーを浴びていると壁の向こうから音が聞こえた。

「カリ……カリ……カリ……」

まるで爪で壁を引っ掻く音だった。

「……隣の部屋か？」

だが、翌日不動産会社に確認すると、

「いえ、隣は空室です」

俺はゾッとした。

深夜、またノック音が始まった。

「コン……コン……コン……」

……今度は天井からだった。

前の入居者が見たもの

我慢の限界を迎え、俺は再び担当者に連絡した。

「すみません……実は夜中に変な音がするんです」

すると担当者は電話越しに小声で言った。

「……ああ、それ、やっぱり続いてますか」

「続いてるって……何ですか？」

担当者は明らかに言葉を濁し、こう言った。

「前の入居者も同じことを言ってました。
夜中3時頃に、天井からノック音がするって」

「やっぱり……何かあるんじゃないですか？」

担当者はポツリと漏らした。

「……前の二人、自殺する前に必ず“天井からのノック音”を聞いてたんです」

俺は背筋が凍った。

「でも、なんで天井なんですか……？」

「……最初に亡くなった方、実はロフトで首を吊ってたんです**」

「……え？」

「で、その人が亡くなったのが深夜3時15分。
だから、後から入居した人も、同じ時間に天井からノック音がしたと言ってたんです」

深夜3時15分。

まさに、俺がノック音を聞いた時間だった。

天井を見上げた瞬間

翌日、俺は意を決してロフトに登った。

天井を見上げると、ある異変に気づいた。

天井の一部にだけ、薄っすらと手形の跡があった。

「……嘘だろ……？」

その瞬間——

「コン……コン……コン……」

天井を内側からノックする音。

そして——

「見つけた……」

はっきりと、耳元で声がした。

退去と新たな告知事項

俺は翌日すぐに退去した。

だが、数ヶ月後に気になってその部屋の情報を調べた。

すると、家賃はさらに下がり、次の入居者を募集中になっていた。

その情報には、再び「告知事項あり」と記載されていた。

そして、備考欄にこうあった。

「前入居者、室内にて精神的錯乱の末、行方不明」

俺はスマホをそっと閉じた。

あの部屋の天井からは、今もノック音が続いているのだろう。

次の入居者が……**「見つけられる」まで。

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