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群霊のノック──扉を叩く者たち 怖い話 奇妙な話 不思議な話 短編集

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序章──山奥の古い宿

社会人になったばかりの田中翔太は、会社の出張で山奥の小さな町を訪れた。

宿泊先は、古びた和風の旅館。

「お客様、本日はご宿泊ありがとうございます」

女将は丁寧だったが、どこか表情が硬い。

「すみません、ちょっと気になることが……」

翔太は、部屋の扉に貼られた古びたお札を指さした。

「これ、何ですか?」

女将は一瞬目を逸らし、小さくため息をついた。

「……お客様、この部屋では夜中に扉をノックされても決して開けないでください」

「……ノック?」

「開けたら、連れていかれます」

翔太は冗談だと思い、苦笑しながら部屋へ向かった。

しかし、夜になると……それは本当にやってきた。

第一章──最初のノック

深夜1時。

「……カツン……カツン……」

廊下を歩く足音で、翔太は目を覚ました。

「……誰かいる?」

旅館はほぼ満室だったが、こんな時間に歩く客はいないはず。

静まり返った部屋の中で、翔太は耳を澄ませた。

──コン……コン……

扉が、ゆっくりとノックされた。

「……夜中にノック?」

女将の忠告を思い出し、翔太は息を殺した。

──コン……コン……コン……コン……

ノックは徐々に激しくなり、次第にリズムを崩し始めた。

「コンコン……ドン……コンコンコン……ドンドンドン!」

「……なんだよ、これ……」

翔太は布団をかぶり、じっと耐えた。

しばらくすると、ノックは止んだ。

「……なんだったんだ……?」

疲れ果てた翔太は、そのまま眠りに落ちた。

しかし、これはまだ序章に過ぎなかった。

第二章──増えていくノック音

翌朝、翔太は女将に昨夜の出来事を話した。

「やっぱり、ノックされましたよ」

女将の顔が一瞬強張った。

「……開けませんでしたね?」

「はい、でも、すごくしつこかったです」

「……よかった」

「一体、何がノックしてるんですか?」

女将はしばらく黙った後、小さな声でこう言った。

「……この旅館は、昔“処刑場”だったんです」

「処刑場……?」

「ここには罪人たちが連れてこられ、順番に処刑を待っていたそうです」

翔太は背筋が凍るのを感じた。

「彼らは、自分の番が来るたびに牢の扉を激しく叩いていたそうです。助けを求めて……」

「じゃあ、夜中にノックしてるのは……」

「ええ。処刑を待つ者たちの霊です」

翔太は冷や汗をかいた。

「……開けたら、どうなるんですか?」

「あなたの番になります」

第三章──誰がノックしているのか

その夜。

翔太は部屋の電気をつけたまま、ベッドに入った。

──だが、午前2時過ぎ。

ドンドンドンドン!!!!!

「っ!!」

突然、昨夜よりも激しいノック音が響いた。

「おいおい……嘘だろ……?」

昨夜とは比べ物にならないほどの勢い。

まるで、扉を壊さんばかりの勢いで叩いている。

「開けろ……!!」

──はっきりとした声が聞こえた。

翔太は震えながら、スマホのカメラを起動し、そっとドアの隙間を撮影した。

画面には──

無数の白い手が、扉を叩いている様子が映っていた。

「……やばい、やばい!!」

耐えられず、布団をかぶる。

ドンドンドン!!!

「開けろ……!次は……お前の番だ……!!」

ドン!!!ドン!!!ドン!!!

まるで扉が吹き飛ぶかのような轟音。

翔太は気を失いかけた。

すると──

「……次の者を待て」

その言葉とともに、ノックはピタリと止んだ。

気がつくと、朝になっていた。

しかし、扉を見た瞬間、翔太は凍りついた。

──扉の表面に、無数の手形がべったりと残っていた。

終章──次の番

翔太は翌日、急いで旅館を後にした。

駅で女将に最後の質問をした。

「……どうして、ノックは止まったんですか?」

女将は、寂しそうに微笑んだ。

「次の宿泊客が決まったからです」

「……え?」

「処刑を待つ者たちは、順番に“次の者”を探しているんです」

翔太は震えながら旅館を振り返った。

その瞬間──

旅館の入り口に立つ、新しい宿泊客と目が合った。

そして、その人の背後から、無数の白い手が伸びているのが見えた。

翔太は、もう二度とあの旅館を訪れることはなかった。

しかし、今でも夜になると、ふと扉をノックされる気がする。

「コン……コン……」

──それは、次の者を探す音なのかもしれない。



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