目次
奇妙な寺の噂
「この辺に、人が消える寺があるらしい」
大学の友人・坂本が、そんな話を持ち出したのは、夏休みのある夜だった。
「なんだよ、それ。オカルトネタか？」
俺ともう一人の友人・藤井は笑い飛ばしたが、坂本は真剣な顔をしていた。
「違うんだよ。ガチの話だ。地元じゃ“人食い寺”って呼ばれてる」
坂本によると、その寺に入った人間は二度と出てこないという。
「昔、飢饉のときに住職が参拝者を殺して食ってたらしいんだ。その怨念が今も残ってて、寺に入ると“喰われる”って噂がある」
くだらない話だと思った。だが、坂本はスマホでその寺の場所を調べ、こう言った。
「せっかくだし、今から行ってみないか？」
深夜の寺
俺たちは、車でその寺へ向かった。
周囲は森に囲まれ、昼間でも薄暗いらしいが、夜になるとまるで異界のような雰囲気だった。
本堂の前に立つと、古びた木造の建物がひっそりと佇んでいる。
「……本当にここか？」
「間違いない。ほら、寺の名前、もう読めなくなってるけど、ネットの写真と一致してる」
坂本が指差した看板は、風化してほとんど判読できなかったが、かろうじて「○○寺」と読めた。
俺たちは恐る恐る境内へ足を踏み入れた。
何者かの気配
本堂の扉は閉まっていた。
「誰かいるのかな……」
藤井が扉をノックする。
ゴン……ゴン……
中から返事はない。
「入ってみるか？」
俺が提案すると、坂本がスマホのライトをつけながら頷いた。
扉を開けると、中は意外にもきれいだった。
——まるで、今も誰かが住んでいるかのように。
しかし、違和感があった。
匂いだ。
本堂の奥から、何かが腐ったような悪臭が漂ってくる。
「……なんだ、この臭い……」
俺たちは、異臭のする方向へゆっくりと進んだ。
そのとき——
ズルッ……
奥の部屋から、何かを引きずるような音が聞こえた。
「誰かいる……？」
俺たちは息を飲んだ。
ズル……ズル……
暗闇の奥に、何かがいる。
スマホのライトを向けた瞬間——
そこにあったのは、人の腕だった。
「いただきます」
腕は、まだ生々しい皮膚を残していたが、手首から先は骨だけになっていた。
「おい……これ、まさか……」
坂本の声が震える。
そのとき、奥の闇の中から低いうめき声が聞こえた。
「……あぁ……また、美味しそうなのが……来たな……」
真っ黒な影が、ゆっくりと動き出す。
よく見ると、それは僧侶の格好をしていた。
だが——
顔がない。
あるべき顔の部分には、真っ黒な穴がぽっかりと空いていた。
影が、のそりと手を伸ばす。
「いただきます……」
俺たちは叫び声を上げて、必死に本堂から逃げ出した。
消えた坂本
俺と藤井は、なんとか外に飛び出した。
だが——
坂本がいない。
「おい、坂本！？ どこだ！？」
俺たちは必死に名前を呼んだが、返事はなかった。
仕方なく警察に通報したが、後日、寺を調べても坂本はどこにもいなかった。
それどころか、警察はこう言った。
「この寺には、もう何年も誰も入っていないはずだ。君たちは、本当にここに来たのか？」
そう——
そもそも、その寺は、数十年前から廃寺になっているはずだった。
じゃあ、俺たちが見たあの本堂は？ あの僧侶は？
……そして——
坂本はどこに行った？
「次は……お前だ」
それから数日後。
俺のスマホに、非通知の番号から着信があった。
「……もしもし？」
電話の向こうから聞こえたのは——
「いただきます……」
俺は即座にスマホを叩き落とした。
画面には、通話が切れた表示とともに、「着信履歴なし」と書かれていた。
それ以来、俺は二度とその寺に近づいていない。
だが、今でも時々——
「ズル……ズル……」という音が、どこからか聞こえてくる気がする……。
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