小学生の頃から、私は歯医者が大の苦手でした。鋭いドリルの音、口の中に入れられる冷たい金属器具、そして何よりもあの痛み…。それらすべてが私にとって恐怖そのものでした。そのため、虫歯ができてもいつも我慢していました。しかし、ある日、その痛みが我慢の限界を超える事態となりました。
痛みは日に日に増し、ついには食事もままならなくなってしまいました。学校で友達と楽しくおしゃべりをすることもできず、常に痛みが頭の中を占領していました。親も心配して、「早く歯医者に行きなさい」と言ってくれましたが、恐怖心がそれを阻んでいました。
しかし、その日の夜、痛みが頂点に達しました。眠れないほどの激痛に、とうとう観念して近所の歯医者に行く決心をしました。翌朝、重い足取りで家を出て、近所の歯医者へと向かいました。
その歯医者は「新井歯科クリニック」という看板が掲げられており、外観は古びていて不気味な雰囲気を漂わせていました。窓にはカーテンが引かれ、中の様子は見えません。入り口の扉を開けると、錆びた鐘の音が響き渡り、中は薄暗く、誰もいないかのような静けさがありました。
「いらっしゃいませ」
突然、背後から女性の声がして、私は驚いて振り向きました。そこには中年の女性が立っており、彼女が受付係のようでした。彼女の笑顔はどこか冷たく、不気味な印象を与えました。
「予約はしていますか?」
「い、いえ…飛び込みなんですが…」
「大丈夫です。すぐに先生が見てくれますので、お待ちください」
そう言われて、私は待合室に案内されました。待合室は古びた雑誌が並ぶだけの簡素な部屋で、壁には色あせた歯のポスターが貼られていました。しばらくすると、再び受付の女性が呼びに来ました。
「診察室へどうぞ」
診察室に入ると、そこには年配の男性が白衣を着て立っていました。彼がこの歯医者の先生であることは一目でわかりました。彼の目は鋭く、どこか不安を感じさせるものでした。
「どうしましたか?」
「虫歯が痛くて…もう我慢できなくて…」
「そうですか。それでは口を開けて見せてください」
私は恐る恐る口を開け、彼に痛む歯を見せました。彼は黙って観察し、やがてうなずきました。
「うん、かなり進行していますね。すぐに治療を始めましょう」
治療台に座らされ、私は緊張で体が硬直しました。先生は手際よく器具を準備し、助手の女性が私の口に器具を入れてきました。冷たい金属が歯に触れるたびに、全身に寒気が走りました。
「少し痛みますが、我慢してください」
その言葉と共に、鋭い痛みが走りました。私は耐えきれず叫び声を上げましたが、先生は淡々と作業を続けました。涙がこぼれ落ち、意識が遠のいていく中で、私は何かが口の中に入れられる感覚を覚えました。
次の瞬間、視界がぼやけ、私は意識を失いました。
目が覚めた時、私はまだ診察台の上に横たわっていました。頭がぼんやりしていて、周りの音が遠くに感じられました。気がつくと、先生が私の顔を覗き込んでいました。
「大丈夫ですか?治療は無事に終わりましたよ」
私は驚きました。いつの間にか治療が終わっていたのです。痛みは消え、口の中は違和感なく感じられました。先生は微笑み、私に鏡を差し出しました。
「見てください。虫歯はもうありません」
鏡を見ると、そこにはまるで新品のように綺麗な歯が並んでいました。あれほど痛んでいた虫歯がまるでなかったかのように。信じられない思いで、私は何度も口の中を確認しました。
「でも…どうして…」
「治療中に勝手に寝てしまったんですよ。驚かせてしまって申し訳ありません」
先生はそう説明しましたが、私は何か不安な気持ちが拭えませんでした。しかし、治療は終わり、痛みも消えていることに感謝し、受付で会計を済ませて家に帰りました。
家に帰ると、両親が心配そうに待っていました。私は治療のことを話し、痛みがなくなったことを伝えると、両親も安心してくれました。しかし、私はどうしても不安が拭えず、再度鏡で自分の歯を確認しました。何度見ても綺麗な歯が並んでおり、痛みも全くありませんでした。
その晩、ベッドに入っても不安感が消えず、なかなか眠れませんでした。あの不気味な歯医者のこと、治療中に突然眠ってしまったこと、そしてあの綺麗な歯…。すべてがまるで夢の中の出来事のようでした。
翌日、学校で友達にその話をすると、みんな興味津々で話を聞いてくれました。友達の中にも同じ歯医者に行ったことがある子がいて、その子も似たような経験をしたと言います。治療中に突然眠ってしまい、目が覚めると治療が終わっていたと。
その後も私はあの歯医者に通うことはありませんでした。あの一度の体験だけで十分でした。歯が痛くなった時は、少し遠くの別の歯医者に行くようにしました。あの不気味な歯医者のことは、私たちの間で「新井歯科クリニックの不思議な治療」として語り草になりました。
年月が経ち、大人になった今でも、あの時の体験は鮮明に覚えています。あの歯医者の先生と助手の女性、そして治療中に突然眠ってしまったあの瞬間…。まるで何か魔法のような出来事でした。私たちの間では、あの歯医者は「不思議な歯医者」として語り続けられており、未だにその真相は謎のままです。
不思議な歯医者での恐怖と驚きの体験は、私の中で一生忘れられない思い出として刻まれています。
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