春の暖かい日差しが降り注ぐ日、大学生のさくらは勉強の合間にリフレッシュを兼ねて、家の近くの山道へ散歩に行くことにしました。この山道は、地元の人々が日常的に利用する遊歩道で、道も整備されており迷うことなどないはずでした。さくらも何度も歩いたことがある道なので、特に心配することなく出かける準備を整えました。
家を出発し、桜並木の道を進んでいくと、やがて山道の入り口が見えてきました。山道に入ると、鳥のさえずりや木々のざわめきが心地よく、さくらは自然の中でリラックスしながら歩き始めました。道はよく整備されており、案内板や標識も随所に立てられていました。
途中、さくらは小さな分かれ道を見つけました。普段は通らない道でしたが、「少し冒険してみようかな」と思い、その分かれ道に足を踏み入れました。道は細くなり、木々が生い茂っていましたが、すぐに元の道に戻れるだろうと軽い気持ちで進みました。
しかし、進んでいくうちに道はどんどんと険しくなり、足元も不安定になっていきました。さくらは戻ろうとしましたが、どこで分かれ道に入ったのかがわからなくなってしまいました。スマートフォンのGPSを確認しようとしましたが、山の中で電波が届かず、地図も役に立ちませんでした。
さくらは不安を感じ始めましたが、冷静に元の道を探すことにしました。しばらく歩いていると、周囲が薄暗くなり始めました。山の中は日が陰るのが早く、あっという間に夕方のような暗さになりました。さくらは懐中電灯を持っていなかったため、手探りで進むしかありませんでした。
途中、奇妙な音が聞こえました。風の音や動物の鳴き声とは異なる、不気味な囁き声のようなものでした。さくらは恐怖で立ちすくみましたが、前に進むしかないと思い直し、足を動かし続けました。
やがて、さくらは古びた祠を見つけました。祠の周囲には苔が生え、長い間放置されているようでした。祠の中には古いお札やお守りが置かれており、何かしらの信仰の対象であることがわかりました。さくらは祠の前で手を合わせ、無事に戻れるように祈りました。
祠を後にしてさらに進むと、急に道が開けました。そこには、広々とした空間が広がり、大きな木の下に石のベンチがありました。さくらは少し休憩しようとベンチに腰掛けました。そこで一息ついていると、突然、風が強く吹き始めました。木の枝がざわめき、不安定な音が響き渡りました。
ふと気づくと、さくらの目の前に一人の老人が立っていました。老人は穏やかな表情を浮かべ、手には古びた杖を持っていました。「お嬢さん、ここで何をしているのかね?」と優しい声で尋ねました。さくらは驚きながらも、自分が道に迷ってしまったことを説明しました。
老人は微笑み、「この山には古い道がたくさんあるんだよ。案内してあげるから、ついておいで」と言いました。さくらは安心して老人の後をついて行くことにしました。老人は歩きながら、山の歴史や伝説について話してくれました。
「昔、この山にはたくさんの祠や神社があったんだ。それぞれの場所には守り神がいて、山を守っていた。しかし、時代とともに人々は山を離れ、祠も神社も次第に忘れ去られてしまった。だが、守り神たちは今も山の中にいるんだよ。」
老人の話に耳を傾けながら進むと、やがて見覚えのある道に出ました。そこは、さくらが最初に入った分かれ道の近くでした。「ここからはもう大丈夫だね。気をつけて帰りなさい」と老人は言い、さくらに微笑みかけました。さくらは感謝の気持ちを伝え、元の道へ戻りました。
家に帰り着いたさくらは、今日の出来事を家族に話しました。家族は心配しながらも、無事に戻ってきたことを喜びました。さくらはその夜、老人の言葉を思い出しながら、山の中にはまだ知られざる不思議がたくさんあるのだと感じました。
翌日、さくらは再び山に登る決意をしました。今回こそ、昨日の出来事が現実だったことを確かめたかったのです。家族に「今日はもう一度山に行ってくるね」と伝え、同じ道をたどり始めました。昨日と同じように、桜並木を抜け、山道の入り口にたどり着きました。
山道に入ると、昨日の出来事が思い出され、少し緊張しましたが、前へ進みました。しばらく進むと、分かれ道に差し掛かりました。しかし、昨日入ったはずの分かれ道が見当たりません。何度も見渡し、歩き回りましたが、分かれ道の痕跡はどこにもありませんでした。
「確かにここだったはずなのに…」さくらは戸惑いながらも、そのまま進み続けることにしました。進むうちに、ふと目の前に昨日見た祠が現れるのではないかという期待と不安が入り混じっていました。しかし、どこにも祠は見当たりませんでした。
さくらはさらに進んでみることにしましたが、昨日のような迷うことはなく、いつもの山道を歩き続けることができました。少し進むと、大きな木の下に昨日老人と出会った場所があることに気づきました。しかし、そこには老人も、石のベンチもありませんでした。ただの広場が広がっているだけでした。
不思議に思いながらも、さくらはその場で少し休憩しました。心の中で昨日の出来事を思い返し、祠で祈った瞬間や老人の優しい言葉を思い出しました。祠や老人が存在しなかったとしても、彼女にとっては確かにあの瞬間が現実であったことを感じました。
その後、さくらは家に戻ることにしました。家に帰り着くと、家族に再び今日の出来事を話しました。家族は不思議そうにしながらも、さくらが無事に帰ってきたことを喜びました。
それからというもの、さくらは再び山道を訪れることを楽しむようになりました。以前よりも山の美しさや静けさを深く感じることができるようになり、毎回の散歩が特別な時間となりました。そして、彼女は心の中でいつもあの老人と祠に感謝し続けました。
時折、山道を歩くたびに不思議な感覚が蘇り、さくらは山の中にはまだ見えない力が存在するのだと思いました。それが何であれ、彼女はその力に守られ、導かれていることを信じて疑わなかったのです。
そして、あの迷い道の先にある不思議な出来事が、彼女の心に深く刻まれ、日々の生活に新たな意味をもたらしてくれたのです。
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