田中雄介は30代半ばのサラリーマンだった。彼は東京の広告代理店で働き、忙しい日々を送っていた。仕事に追われる毎日をこなすうちに、健康に対する意識は薄れていった。風邪気味になることはあっても、多少の体調不良には気に留めず、ただひたすら仕事に打ち込むのが彼のスタイルだった。
ある日の朝、雄介は軽い咳で目を覚ました。彼は「風邪だろう」と軽く考え、薬局で市販の風邪薬を購入し、普段通りに出勤した。しかし、その日の午後、彼の体調は急激に悪化し始めた。咳がひどくなり、微熱が出てきた。
「ちょっと休めば治るだろう」と思った雄介は、上司に早退を申し出て自宅に帰った。しかし、翌朝になっても症状は改善せず、むしろ悪化しているように感じた。高熱が出始め、咳はますますひどくなった。彼は「これはただの風邪じゃない」と思い、病院へ行くことを決意した。
病院での診察の結果、医師は彼に「マイコプラズマ肺炎」の診断を下した。マイコプラズマ肺炎は細菌性肺炎の一種であり、通常の風邪薬では治療できない。医師は彼に抗生物質を処方し、安静にするようにと指示した。
「マイコプラズマ肺炎か…。こんなに急に悪化するなんて。」
雄介は驚きと不安を感じながら、自宅で療養を始めた。しかし、彼の病状はなかなか改善せず、むしろ日々悪化していくように感じられた。高熱と激しい咳、そして体のだるさが彼を苦しめ続けた。
そんなある夜、雄介は高熱にうなされながら、奇妙な夢を見た。夢の中で彼は見知らぬ古い洋館にいた。その館は薄暗く、冷たい風が吹き抜けていた。彼は館の中を歩き回りながら、誰かに呼ばれているような感覚を覚えた。
「田中雄介…田中雄介…」
低く囁くような声が彼の名前を呼んでいた。彼はその声に導かれるようにして、館の奥へと進んでいった。やがて、大きなドアの前に辿り着いた。彼は恐る恐るそのドアを開けた。
ドアの向こうには、古びた病室が広がっていた。薄暗い照明の下、ベッドに横たわる一人の老人がいた。老人は目を開け、ゆっくりと雄介を見つめた。
「君も、マイコプラズマ肺炎にかかったのか?」
老人の言葉に、雄介は驚いた。
「はい…どうしてわかるんですか?」
老人は微笑み、静かに語り始めた。
「私も昔、この病に苦しんだ。ここに来る者は皆、この病に囚われた者ばかりだ。」
雄介はその言葉に戦慄を覚えた。
「ここは一体何なんですか?」
老人はゆっくりと立ち上がり、部屋の隅に置かれた古い本を手に取った。
「ここは、病に囚われた者たちの魂が集まる場所だ。私も長い間ここに囚われていたが、君が来てくれたおかげで、ようやく解放される。」
老人はそう言うと、本を雄介に手渡した。
「この本に、君の病の治療法が書かれている。だが、それを見つけるのは君自身の力だ。」
雄介は本を受け取り、ページをめくった。そこには、マイコプラズマ肺炎に関する様々な情報と共に、いくつかの謎めいた文章が記されていた。彼はその内容を理解しようと必死に読み進めた。
「病を治すには、心と体の調和が必要だ…」
その一節が彼の心に強く響いた。彼はふと、自分がこれまで健康をないがしろにしてきたことを思い出した。仕事に追われ、自分の体を大切にすることを忘れていたのだ。
「心と体の調和…」
雄介はその言葉を胸に刻み、目を覚ました。彼は夢の中で見た本の内容を思い返しながら、自己の健康を取り戻すための具体的な行動を始めることにした。
まず、彼は医師の指示に従って抗生物質をしっかりと服用し、規則正しい生活を心がけた。また、栄養バランスの取れた食事を取り入れ、体力を回復させるための努力を惜しまなかった。そして、ストレスを減らすためにリラクゼーションや趣味の時間を設けることにも努めた。
次第に、彼の体調は回復していった。高熱も収まり、咳も徐々に軽くなっていった。彼は再び健康を取り戻し、仕事にも復帰することができた。
「やっぱり、心と体の調和が大事なんだな。」
雄介は改めて、自分の健康を大切にすることの重要性を実感した。そして、夢の中で出会った老人の言葉が彼の心に深く刻まれていた。
それから数年後、雄介は健康を第一に考え、仕事と生活のバランスを取ることに成功した。彼はもう二度と、あのような苦しい経験を繰り返すことはなかった。
ある日、ふと古い日記を見返していると、あの不思議な夢と病のことが書かれていた。彼はそのページを読み返しながら、老人の言葉を思い出した。
「君が来てくれたおかげで、ようやく解放される。」
彼は微笑みながら、心の中で老人に感謝の意を伝えた。
「ありがとう、あなたのおかげで、私は健康を取り戻せました。」
雄介は日記を閉じ、窓の外の青空を見上げた。これからも、自分の健康を大切にしながら、充実した日々を送ることを誓ったのだった。
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