田中健一は、都内の不動産会社で働く30代の営業マンだった。彼は優れた営業成績で知られ、上司からの信頼も厚かったが、同僚たちからはその冷徹な営業手法で恐れられていた。彼はどんな手段を使ってでも契約を取ることに執着しており、その冷酷さゆえに「怖い営業マン」と呼ばれていた。
ある日、健一は新たな顧客を探すためにとある古いマンションを訪れた。ここ数ヶ月間、住人たちが次々と退去し、空室が目立つようになっていたため、彼はその原因を探りつつ、残っている住人に売却を持ちかけようと考えていた。
マンションの管理人に話を聞くと、彼は不思議な話を聞かされた。
「このマンションには昔から奇妙な噂があるんです。夜中に誰もいないはずの部屋から物音が聞こえたり、不気味な影が廊下を歩くのを見たという話が絶えないんですよ。」
健一はその話を鼻で笑った。「ただの噂だろう。そんな話でビビってたら営業なんてできないさ。」
彼は管理人から鍵を借りて、空室となった部屋を見て回った。古びた廊下を歩きながら、彼は次々と扉を開け、部屋の状態を確認していった。ある部屋の扉を開けた瞬間、彼は強烈な寒気を感じた。
「何だ、この寒さ…？」
部屋の中は異様に冷えており、まるで何かが存在しているかのような圧迫感が漂っていた。健一は不安を感じながらも、部屋の中を進んでいった。突然、背後で扉が閉まる音がした。振り返ると、そこには一人の男が立っていた。
「お前、誰だ？」
健一は驚きつつも冷静に問いかけた。男は無言で彼を見つめていた。男の顔は影で覆われ、表情が全く見えなかった。健一は再び問いかけたが、男は何も答えず、ただ彼を見つめ続けていた。
「ここは立ち入り禁止だぞ。」
健一が再び声を上げると、男はゆっくりと歩み寄ってきた。恐怖に駆られた健一は、部屋を飛び出そうとしたが、足がすくんで動けなかった。男は健一の耳元で囁いた。
「お前も、ここから出ることはできない。」
その言葉に健一は戦慄を覚え、必死に扉を開けようとした。だが、扉はびくともせず、まるで何かに押さえつけられているかのようだった。彼はその場に崩れ落ち、次第に意識が遠のいていった。
気が付くと、健一は見知らぬ部屋の中に横たわっていた。周囲を見渡すと、古びた家具や埃をかぶった写真が並んでいた。彼は立ち上がり、部屋の中を歩き回ったが、どの扉も開かず、窓も固く閉ざされていた。
「ここは一体…？」
彼は途方に暮れ、座り込んだ。その時、背後から足音が聞こえた。振り返ると、またしてもあの男が立っていた。男は無言で彼を見つめていたが、次第に口元がゆがみ、冷笑を浮かべた。
「お前は俺と同じだ。契約を取るためならどんな手段も厭わない冷酷な営業マンだ。」
その言葉に、健一は愕然とした。彼は必死に男に抗議しようとしたが、男は冷笑を浮かべ続けた。
「ここは、お前のような者たちが集まる場所だ。お前がここから出ることはない。」
男はそう言うと、再び闇の中に消えていった。健一は恐怖と絶望の中でその場に座り込み、何とかして脱出する方法を考えた。しかし、時間が経つにつれ、彼は次第にその場に囚われていることを実感し始めた。
それから数日が経過した。健一は食べ物も水もなく、体力を消耗していった。彼は次第に意識が朦朧とし、絶望感に苛まれた。最後に見たのは、再び現れたあの男の冷笑だった。
数週間後、田中健一の行方不明が報じられた。彼の同僚や家族は捜索を続けたが、彼の痕跡は一向に見つからなかった。唯一の手がかりは、彼が最後に訪れたという古いマンションだった。
警察はマンションの管理人から話を聞き、健一が調査を行っていた部屋を捜索した。しかし、その部屋には何の異常も見当たらず、彼の行方は依然として謎のままだった。
マンションの住人たちは次々と退去し、最終的にマンションは廃墟と化した。噂はますます広まり、夜中に物音が聞こえるという話や、不気味な影が歩くのを見たという話が絶えなかった。
そして、廃墟となったマンションには、今でも田中健一の冷徹な営業手法が囚われているという都市伝説が語り継がれるようになった。夜中にマンションを訪れると、彼の冷笑と共に「お前も、ここから出ることはできない」という囁き声が聞こえるというのだ。
それ以来、そのマンションに近づく者はいなくなった。田中健一の失踪は未だに解決されておらず、彼の魂は永遠にその場所に囚われ続けているのかもしれない。
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