病室のベッドに横たわる中年の男性、田中は、もう長くはないことを自覚していた。体力は衰え、ベッドから起き上がることすらままならない。日がな一日、病室のベットで横になっているせいか、病気のせいか、彼はいつもうつらうつらとしていた。
ある日、田中は若かりし頃の親友、佐藤と沖縄旅行をしている夢を見た。透き通るような青い海、白い砂浜、そして満面の笑みを浮かべた佐藤。二人で海に飛び込み、子供のように無邪気に遊び回った。夢から覚めた後も、その鮮やかな映像と楽しい夢は心に強く残り、田中の顔には微笑みが浮かんでいた。
しばらくして病室のドアが開き、なんと夢に出てきた佐藤が現れた。「久しぶりだな、元気か?」と佐藤はにこやかに言った。「元気なわけあるか」と田中は突っ込みつつ、驚きながらも、「夢で君と沖縄に行ったんだよ」と話した。その後、二人は昔話に花を咲かせ楽しいひと時を過ごした。
数日後、田中はご近所さんと原っぱでバーベキューをする夢を見た。ご近所さんとは仲はいいが、バーベキューなどしたことはない。しかし、一緒に、大きなグリルで肉や野菜、海鮮を焼き、楽しいひとときを過ごした。夢から覚めたあと、「こんなにリアルな夢、なんでだろう?」と不思議に思いながらも、その美味しさや楽しさに心を和ませた。
その日の午後、病室のドアが再び開き、夢に出てきたご近所さんが現れた。「病院生活は退屈だろうと思って、いくつか雑誌を持ってきたよ」と彼は言い、田中は感謝の気持ちを伝えた。夢と現実が交錯する不思議な体験に、田中は驚きと喜びを感じていた。
さらに数日後、今度は幼馴染の高橋が夢に現れた。二人は小学校時代に戻り、近くの公園で遊具や砂場、虫取りを楽しんでいた。懐かしい思い出が鮮明に蘇り、田中はその夢から覚めた後も公園で遊んだ心地よい余韻に浸っていた。
そして、夢に出てきた高橋が実際にお見舞いに来た。「最近、夢に出てくる人が皆、訪ねてきてくれるんだ」と田中が話すと、高橋は笑いながら「じゃあ、次は好きな人の夢でも見たら?」と冗談を言った。田中はその言葉に少し照れながらも、「そんなことが起きたら、本当に不思議だね」と答えた。
ある夜、田中は高校時代の初恋の人、山田が夢に現れた。二人は高校の廊下を歩きながら、昔のように他愛のない話をしていた。夢の中の山田は変わらず美しく、田中はその瞬間に幸せを感じた。しかし、彼は夢から覚めると、「さすがに彼女がお見舞いに来ることはないだろう」と思った。
だが、その日の午後、高校時代の友人が山田を連れて病室に訪れた。「偶然、彼女と会って、君の話をしたら一緒に来てくれることになったんだ」と友人は説明した。田中は驚きと感謝の気持ちでいっぱいになり、二人と一緒に過ごすひとときは、何よりの宝物となった。
最後に、田中は両親の夢を見た。亡くなった母と父が現れ、彼に優しく語りかけた。田中はその夢の中で、「これは夢だ」と自覚しながらも、両親との再会に涙を流した。彼は、これが最後の夢であり、死期が近いことを悟った。
「もうすぐ、母さんと父さんに会えるんだな」と田中は心の中で呟いた。そして、その静かな覚悟の中で、彼は深い眠りに落ちた。
田中の夢と現実が交差する奇跡のような体験は、彼にとって最後の贈り物となったのだった。彼が見た夢と、現実の出来事は、彼に安らぎと幸せをもたらし、静かに人生の幕を閉じる手助けをしてくれた。
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