私の家の近くには、小さな青木医院という医院がある。小さく裏路地に佇む古い建物で、あまり知る人はいないようだ。
ある日、私は風邪をひいた。病院で薬をもらいたいと思った時、青木医院を思い出した。もう少し綺麗でしっかりしていそうなところで見てもらいたいと思ったが、熱も高く移動も大変だったため、すぐ近くの青木医院を訪れた。
青木医院の看板には、内科、整形外科、歯科、さらには心療内科とやたらに書かれていた。「こんなところ、大丈夫なのだろうか」と不安に思いながらも、私は中に入った。
青木医院は本当に小さな医院で、小さな建物に入るとこじんまりとした待合室があった。待合室には誰もいず、受付にも誰もいなかった。しばらくすると奥から初老の男性が出てきた。「今日はどうしましたか?」と聞かれたので、私は「風邪をひいたのか、熱がありまして、頭痛もします」と答えた。「では、診察室にどうぞ」と言われ、初老の男性も一緒に診察室に入り、診察を始めた。どうやら看護師はいなく、先生一人でやっているようだ。
診察後、「お薬を出しておきます。朝、昼、晩の一日3回飲んでください。では、待合室でお待ちください」と言われ、待合室で待っていると、受付に先生が現れ、私の名前を呼んだ。「こちらがお薬です。朝昼晩の3日飲んでください」と言われて、渡されたのは真っ白い粉の薬だった。
家に帰り、早速薬を飲もうとしたが、ちょっと怪しく不気味で飲むのをためらった。飲んでみると、無味無臭で飲みにくくはなかった。飲んでから1〜2時間すると、だいぶ風邪の症状が和らいだ。薬が効いたのだろうか。それから3日間しっかりと薬を飲むと、すっかり風邪は治った。
それからしばらくがたち、青木医院のことなど忘れていた時だった。やたらと重い荷物が宅配便で届き、それを持ち上げた時に腰をひねってしまい、激痛が走った。歩くのもままならず、病院に行かなければと思ったが、遠い病院はこの状態では無理だと思った時、青木医院を思い出した。確かあそこには整形外科とも、骨接ぎとも書いてあった。
すぐ近所だが、歩くのもままならなかったため、私はタクシーを呼び青木医院へ向かった。青木医院に入ると、いつも通り奥から初老の男性が出てきた。「先生、腰を痛めてしまって、見てもらえますか?」というと、「もちろんですよ。奥の診察室へどうぞ」と言われた。
診察室へ入るとベッドに寝かされて、先生のマッサージが始まった。心の中で「こんなマッサージで良くなるのだろうか」と思っていた。「はい、終わりました。マッサージは一時的に良くなるだけですので、お薬を出します。3日間しっかり飲んでください」と言われ、ベッドからそっと立ち上がった私は驚いた。先ほどまであれほど痛かった腰が、だいぶ良くなり、立てるし歩けるのだ。
私は精一杯、先生にお礼を言った。「ありがとうございます。あれほど痛かったのがだいぶいいです。」先生は少し微笑みながら「医者ですから」とだけ言った。今度の薬も、前回もらった無味無臭の白い粉の薬だった。
その日から、私の中で青木医院は名医となった。体調が悪い時は、ケガや風邪にかかわらず、青木医院に行って白い粉の薬をもらった。いつ行っても誰もいなく活気はなかったが、病院が活気あっても困るだろうと思い、気にしていなかった。
そんなある日、実家から電話があった。母が末期がんで、入院したとのことだった。私は慌ててお見舞いに行った。母はまだ話したり動いたりできるようだったが、余命半年と言われたそうだ。私は青木医院なら何とかしてくれると思った。
私はお見舞いの後に青木医院へ駆けつけた。受付に出てきた先生へ母が末期がんである旨、先生に診てもらいたい旨を伝えた。先生は「お母さんを連れてくることはできますか?診ること、薬を処方することはできますが、こちらでは入院や手術はできません。それでよろしければ診ますよ」と言った。
私はお礼を言い、絶対に連れてきますと伝えた。そして、病院に交渉して、母が何とか1日だけ家で過ごせる日を確保した。すぐに青木医院へ母を連れて行った。母には「すごい名医の先生がいるんだ。絶対に治してくれるから」と伝えた。母は半信半疑ながら「はい、はい」と言っていた。
母を青木医院へ連れて行くと、先生は早速診てくれた。先生の説明は末期がんである、このままだと余命が半年であるというものだった。最後に「薬を出しましょう。3日間しっかりと飲んでください。3日間しっかりと飲めば治りますよ」と言われた。私は「やっぱり」と思いつつも驚いた。3日間飲めば治ると。母はあまり信じていないようだったが、いつもの無味無臭の白い粉の薬をもらい帰った。
母に、絶対にこの薬は飲むように念を押して伝え、3日間毎日電話してしっかり薬を飲んだか確認した。その後、母の病状はみるみると回復していった。入院先の医者もとても驚いていた。「抗がん剤がものすごく効いたんでしょう」と説明されたが、説明している本人が一番びっくりしているようだった。
その後、母は無事に退院することができた。青木医院のおかげで、母の命は救われたのだ。
私はその後も何度か青木医院を訪れたが、ある日、ふと気づいた。青木医院の存在が周囲の人々にとって全く認識されていないことだった。隣人に話しても、「そんな医院があったの?」と驚かれるばかりだ。
不思議に思い、私は青木医院のことを詳しく調べ始めた。古い資料を漁ると、青木医院は数十年前に閉院していたことが分かった。しかし、私は確かにそこに通い、診察を受け、薬をもらっていたのだ。
ある日、勇気を出して再び青木医院を訪れると、そこには廃墟となった建物があるだけだった。かつて診察を受けた場所が、まるで時間の中に閉じ込められたように静まり返っていた。
青木医院での出来事が何であったのか、今も分からない。しかし、私はあの初老の先生に感謝している。母の命を救い、私の健康を守ってくれた名医。その存在が幻であったとしても、私の心には深く刻まれている。
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