目次
病室の薄明かり
病室のカーテン越しに差し込む薄い光。そこには無機質な白い天井と、機械の低い音が響いている。男は、ほとんど動かない体をベッドに横たえながら、ふと目を覚ました。長い夢を見ていたようだが、その夢の内容がはっきりと思い出せる。いや、これはただの夢ではない――まるで現実の出来事のように、鮮明な映像が頭の中に焼き付いている。
最近、彼は眠る時間が長くなっている。体は衰弱し、起き上がることすら難しい。もう余命がわずかだということは、医師や家族から聞かされている。だが、不思議と焦りや恐怖はない。それよりも、彼の心を占めているのは、夢の中で再び体験する「過去」の時間だ。
夢の中で彼は、小学生の自分に戻っている。父も母も健在で、今はもう取り壊されてしまった懐かしい一軒家に家族で住んでいる。その家は、長い間忘れていたはずなのに、夢の中では驚くほど詳細に再現されている。玄関の重いドア、畳の香り、古い木製の階段――それらすべてが、生き生きとした現実感を持って彼の前に広がる。
夢の中の「現実」
その夢では、彼は毎朝元気に目を覚まし、朝食を食べ、着替えて学校へ向かう。夢の中の彼は、まだ若く、病もなく、体が軽い。足取りも軽やかで、仲の良かった友人たちが待つ学校へ向かうのが楽しみで仕方がない。教室に入ると、あの頃と同じ顔ぶれが揃っている。今では連絡も取らなくなった幼馴染たちが、変わらぬ笑顔で彼を迎えてくれる。
授業が終わると、放課後は友人たちと夢中で遊ぶ。近所の公園でキャッチボールをしたり、秘密基地を作ったり、時間を忘れて夕暮れまで遊び続ける。疲れ果てて帰ると、家には母の作った温かい夕食が待っている。夢の中では、父も元気で、彼と何気ない会話を交わす。いつも笑顔の母が食卓を囲むその光景は、まるで昨日まで現実に存在していたかのようだ。
夢と現実の境界
この夢は一話完結ではない。前回の夢の続きを見ることができるという奇妙な現象が、彼の中で現実感を強めていく。もし前回の夢が、学校が終わって放課後に遊んでいる場面で終わったなら、次の夢はその続きから始まる。彼はその連続性に安心感を覚え、次に眠りに入ることさえ楽しみにするようになっていた。
しかし、現実の病院では、彼の体は日に日に衰え、長く目を覚ましていることさえ難しくなってきている。彼は次第に、どちらが現実でどちらが夢なのか、わからなくなり始める。病室で目覚めたとき、夢から戻ったという感覚よりも、まるで「夢」から「夢」へ移行しているような感覚に陥るのだ。
「どちらが本当の私なのか?」と彼は考える。病院の白い壁に囲まれた現実が、むしろ幻のように感じられ、小学校時代の「夢」の方が真実であるように思えてくる。
眠りへと続く道
最後の時間をこうして「幸せな場所」で過ごせることを、感謝すらしている自分がいることに気づいた。
「もう、命は一ヶ月も持たないだろう。でも、最後までこの夢を楽しもう」と彼は決めた。過去に戻り、失われた時間を再び生きることができるなら、それは何よりも価値のあることだ。現実がどれほど残酷でも、夢の中で自分が輝いていられるなら、それでいいと心から思えた。
再び彼は目を閉じる。薄明かりの差す病室が徐々に遠のいていく中、彼は夢の中の「家」へと戻る。そこでは、父と母が待っている。友人たちも待っている。彼はまた、元気な小学生に戻り、心から楽しむ放課後が始まる。
これが続いてほしい。彼の意識は次第に薄れていくが、笑顔と幸福に包まれている。現実から解放され、夢の中での「現実」が彼を優しく迎え入れる。その「夢」は、もはや彼にとって唯一の現実となり、穏やかな眠りの中へと吸い込まれていく。
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