ある日、30代の独身サラリーマンである「俺」は、仕事のストレス解消を兼ねて久しぶりに旅行をすることにした。目的地は、山間にひっそりと佇む古びた温泉宿。都会の喧騒から離れ、静かな場所でのんびり過ごしたいという思いが強かった。
宿は歴史を感じさせる建物で、どこか懐かしさを覚える趣のある佇まいだった。平日のせいか、客も少なく、静かで快適な時間を過ごせると思った。
チェックインを済ませ、部屋に案内された後、俺は部屋の隅にある古びた鏡台に目を留めた。鏡台は木製で、ところどころに傷がついているが、手入れが行き届いており、磨き込まれた鏡が不自然なほどにきれいだった。何となく惹かれるものを感じ、その前に腰を下ろして鏡を見つめていると、突然妙な違和感を覚えた。
鏡の中に映る自分の後ろに、何か黒いものがちらついている。それは、長い黒髪だった。反射的に振り返るが、部屋には当然誰もいない。気のせいかと思い直し、そのまま温泉に浸かって一息ついた。
夜になり、布団に入って眠りにつこうとしたときだった。ふと枕元に違和感を感じ、手を伸ばすと、そこには長い髪の毛が一本、絡みついていた。俺は自分の髪が短いことを思い出し、嫌な予感が胸をよぎる。髪の毛は黒く艶やかで、まるで最近抜けたばかりのように生々しかった。
翌朝、起きて鏡台の前に座ると、鏡の中に映る自分の肩にまたもや黒い髪が垂れていた。だが、鏡を外れて自分の肩を見ても、髪の毛はない。再び鏡に目を戻すと、今度はさらに長い髪が、まるで鏡の中から這い出してくるかのように、ゆっくりと伸び始めた。
その瞬間、背筋が凍った。髪の毛はまるで生きているかのように、じわじわと鏡の中から現れ、床に垂れ下がっている。怖くなって目を逸らしたが、鏡に映る自分の顔は、何かに憑りつかれたように無表情で動かない。
気味が悪くなり、俺は急いで部屋を飛び出し、温泉宿をチェックアウトすることにした。フロントで宿の主人に昨夜の出来事を話すと、主人は微かに眉をひそめたが、特に何も言わず、ただ「気をつけてお帰りください」とだけ言った。その言葉が妙に引っかかったが、すぐにその場を離れた。
自宅に戻ってからも、あの黒髪のイメージが頭を離れなかった。鏡を見るたびに、背後から何かが伸びてくるのではないかという恐怖が付きまとった。そんなある夜、寝ていると、何かが顔に触れる感覚で目が覚めた。手を伸ばしてみると、そこにはまた長い髪の毛が絡みついていた。
恐る恐るライトを点けると、ベッドの上に無数の黒髪が散らばっていた。床にも、壁にも、まるでどこかから湧き出しているかのように、黒い髪が絡みついている。それは、あの温泉宿で見たものと同じ、艶やかな黒髪だった。
恐怖に耐えきれず、俺は髪をすべて掃除し、部屋の中を徹底的に調べたが、どこから髪が来たのかは分からなかった。それでもその日以来、家中の至るところに少しずつ髪の毛が現れるようになった。鏡を見るたび、背後に黒髪が伸びているような錯覚に襲われ、寝ているときにも、顔に髪が触れる感覚が続いた。
ついに俺は、あの温泉宿について調べることにした。ネットで検索すると、そこには奇妙な噂がいくつも書かれていた。その宿の鏡台には、昔亡くなった女の霊が宿っていると言われ、その女は生前、自分の美しい黒髪に執着していたらしい。彼女は髪を切られることを極度に嫌い、最期には髪に埋もれるように亡くなったという。そして、宿の鏡台に彼女の霊が憑いているという噂が、まことしやかに語られていた。
今でも、俺の部屋には長い髪の毛が現れる。掃除をしても、どこからか湧いてくるように黒髪が絡みつくのだ。鏡を見るたび、背後にあの黒髪が映り込む気がして、視線を逸らさずにはいられない。
俺は二度とあの宿には近づかないと心に誓ったが、もしかしたら俺自身が、あの女の呪いを背負ってしまったのかもしれない。そう思うと、夜中にふと目が覚めたとき、髪の毛が顔に触れる感覚が増してきた気がしてならない。今や、どこにいても黒髪の恐怖から逃れられない気がするのだ。
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