洗面台に絡みつく髪の毛の謎　怖い話　奇妙な話　不思議な話　短編集

私は30代の独身女性で、都内で働いている。仕事が忙しいけれど、最近ようやく昇進し、少しだけ余裕が出てきた。そんなタイミングで、新しいマンションに引っ越すことにした。今度の物件は築浅で、駅からも近く、何より内装がとても綺麗だった。少し家賃は高めだったが、これからの生活を考えれば妥当だと思い、即決で契約した。

引っ越し後、私は新しい生活を楽しんでいた。広々としたキッチンで料理をしたり、おしゃれなバスルームでリラックスしたりと、満足度は高かった。だが、引っ越してしばらく経った頃から、妙なことが起こり始めた。

最初に気づいたのは、洗面台に長い髪の毛が落ちていたことだ。私はロングヘアなので、最初は自分の髪だと思った。だが、髪の毛は妙に硬く、質感が違う気がした。気にはなったが、特に深く考えず、そのまま流しに捨てた。

しかし、次の日もまた同じように洗面台に長い髪の毛が落ちていた。しかも、それが前の日に掃除したばかりのタイミングで現れるのだ。気味が悪くなり、毎日念入りに掃除をするようになったが、それでも髪の毛はしつこく現れ続けた。風呂場やベッドの上にも、一本だけ不自然に落ちていることが増え、さすがに不安を感じ始めた。

ある夜、シャワーを浴びているとき、ふと背後に視線を感じた。振り返っても当然誰もいない。だが、鏡を見ると、濡れた髪が一本、私の肩に絡みついていた。手で取ろうとした瞬間、その髪はまるで生きているかのように指に絡みつき、ぞっとして手を振り払った。

その後も、髪の毛は変わらず私の生活に付きまとった。朝起きると枕元に、夜帰宅して靴を脱ぐと玄関に――まるでどこからともなく湧き出てくるかのように、毎日のように見つかる。ある日、髪の毛がどこから来ているのかを確かめるため、部屋中を調べることにした。

特に怪しいのは洗面台だった。排水溝を取り外してみると、中には大量の黒い髪の毛が詰まっていた。掃除をしたばかりのはずなのに、まるで長い間放置されたかのようにごっそりと絡み合っていた。気持ち悪さと恐怖で手が震えたが、何とかそれを取り除いた。

それから数日間は、髪の毛が見つかることはなかった。ホッと安心していたが、ある夜、さらに恐ろしい体験をすることになった。

その日は残業で遅くなり、帰宅が深夜になった。疲れていた私は、顔を洗おうと洗面台の前に立った。鏡を見ると、後ろに何か黒いものが揺れている。瞬時に嫌な予感がしたが、振り返らずに視線を鏡に固定した。

すると、その黒いものがゆっくりと近づいてくるのが見えた。髪の毛だ。長く、濡れた黒髪が、まるで浮いているかのように揺れながら背後に迫ってくる。心臓が凍りついたが、動けない。鏡に映るそれは、確かに人の髪だった。しかし、顔は見えず、ただ無数の髪の毛だけが私の背後でうねっていた。

その瞬間、突然何かが私の肩に触れた気がして、反射的に振り返った。だが、そこには何もいなかった。ただ、洗面台には再び長い髪の毛が数本、無造作に落ちていた。私は耐えきれず、その場から逃げ出した。

翌日、恐怖に駆られた私は不動産屋に連絡し、部屋の過去について調べてもらった。すると、以前この部屋に住んでいた女性が失踪しているという話を聞かされた。彼女は、最後に家族と連絡を取った日を境に消息を絶ち、その後の行方は分かっていないという。さらに、不動産屋の担当者は、彼女が失踪する前に頻繁に「髪の毛が落ちている」と苦情を言っていたことも教えてくれた。

それを聞いた瞬間、すぐにこの部屋を出る決意を固めた。引っ越しの準備をしている間も、髪の毛は執拗に現れ続けた。最後の夜、眠りにつこうとしたとき、またもや鏡に髪の毛が揺れる姿が映り込んだ。だが、今度ははっきりと顔も見えた。濡れた髪に覆われた青白い顔が、鏡越しにじっと私を見つめていた。

その日を最後に、私はその部屋を後にした。新しい部屋では、髪の毛は一切現れなくなり、平穏な日常が戻った。しかし、時折鏡を見ると、背後にあの黒髪が映り込む気がして、今でも怖くて長時間見続けることができないことがある。

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