その日、私はどうしても終わらせなければならない仕事があり、オフィスに遅くまで残っていた。普段は定時で帰るようにしているが、その日は納期が迫っていて仕方がなかった。周りの同僚たちはすでに帰宅し、フロアには私一人だけが残っていた。
時計を見ると、すでに深夜0時を過ぎている。外はすっかり暗くなり、ビルの窓からは遠くに見えるネオンの光がぼんやりと揺れているだけだった。オフィス内は冷え込み、エアコンの微かな風の音だけが響いていた。
私は、デスクに向かって黙々と作業を続けていた。キーボードを叩く音だけがフロアにこだまし、孤独感が一層増していく。資料の整理やメールの確認に集中していたため、最初は気づかなかったが、ふとした瞬間、背後に何かの気配を感じた。
「……?」
気のせいかと思い、振り返ってみたが、誰もいない。もちろん、私以外に残っている社員などいないはずだ。しかし、その瞬間、オフィス全体に違和感が広がった。
何かがおかしい。
いつもと変わらないオフィスのはずなのに、どこか重苦しい空気が漂っているように感じた。再びデスクに戻り、作業を続けようとしたが、どうしても気になってしまう。背後に視線を感じるのだ。誰かが私をじっと見つめているような、そんな感覚が離れなかった。
再度振り返ると、今度はフロアの隅に、微かに動く影が見えた。心臓がドクンと大きく跳ね、全身が凍りついた。その影は、まるで人の形をしているようだったが、異様に長く、不自然に揺れていた。
「え…なに、これ…」
影は、ゆっくりとこちらに向かって動き出した。私は恐怖で体が動かず、その場に固まってしまった。影はゆらゆらと揺れながら、少しずつ近づいてくる。その動きはまるで、自分が目を逸らさない限り止まらないかのように見えた。
「落ち着いて…気のせいだから…」
必死に自分にそう言い聞かせたが、影は止まらない。呼吸が荒くなり、全身が震えた。その影は、まるで私の足元に吸い寄せられるように、どんどん近づいてくる。やがて、影はデスクの下にまで到達し、私の足元でピタリと止まった。
「いや…」
思わず声が漏れたが、影はそこで止まることなく、今度は私の椅子の下から這い出すように広がり始めた。その動きはまるで生きているかのようで、私は恐怖のあまり目を閉じた。
しばらくして、意を決して目を開けると、影はいつの間にか消えていた。辺りは静まり返り、いつものオフィスの風景が戻っているように見えた。しかし、その静けさが逆に不気味だった。
「もう限界だ…帰ろう」
私は荷物をまとめ、急いでオフィスを出ようとした。エレベーターのボタンを押すと、待ち時間が妙に長く感じた。冷や汗が滲み、早くここから出たいという一心で足を踏み鳴らしていた。
ようやくエレベーターが到着し、ドアが開いた瞬間、また背後にあの影を感じた。振り返ると、オフィスの中には確かに誰もいないはずなのに、遠くの方で何かが揺れているのが見えた。それが影なのか、それとも別の何かなのか、もう判断できなかった。
私はエレベーターに飛び乗り、ドアが閉まるのを待った。ボタンを何度も押し、早く下の階へ降りるよう祈るように願った。エレベーターが動き出すと、心臓の鼓動がますます激しくなった。
1階に到着し、外へ飛び出すと、夜の冷たい空気が肌を刺した。しかし、その冷たさが、逆に現実感を取り戻させてくれた。振り返ると、ビルの上階にはまだいくつかの明かりが灯っていたが、オフィスフロアは暗く、影の正体が何だったのかはわからないままだった。
翌朝、オフィスに出勤すると、昨夜の出来事がまるで嘘のように思えた。フロアは明るく、同僚たちが賑やかに話している。しかし、私だけは昨夜の影のことが頭から離れなかった。
同僚にその話をしても、「疲れて幻覚を見たんじゃない?」と軽く笑われるだけだったが、私にはあれがただの幻覚とは思えなかった。あの影は、確かに何かを訴えようとしていた。何かを探して彷徨い続けている存在が、あのオフィスには残っているのかもしれない。
それ以来、私はどんなに忙しくても、夜遅くまでオフィスに残ることは避けるようにしている。あの影が再び現れるのではないかという恐怖が、今でも消えないからだ。誰もいない深夜のオフィスには、何か別の存在が潜んでいるのかもしれない。私には、それが何か確かめる勇気はもうない。
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