佐々木美奈子は、突然の体調不良に見舞われ、病院に緊急入院することになった。原因は分からなかったが、強い腹痛とめまいが続き、自力で動くこともできなかった。入院の手続きが済むと、彼女は個室に案内され、ベッドに横たわった。
病室は清潔で静かだったが、どこか冷たい雰囲気が漂っていた。美奈子は点滴を受けながら、窓の外に広がる夜景をぼんやりと見つめていた。いつもなら、この時間には家でリラックスしているはずなのに、今はベッドに縛り付けられ、不安と孤独に苛まれていた。
最初の夜、美奈子はなかなか眠れなかった。部屋の電気は消していたが、廊下の灯りが薄暗く部屋に漏れていた。時折、看護師が見回りに来る足音が聞こえるが、それもすぐに遠ざかっていく。美奈子は何度も寝返りを打ちながら、なんとか眠りにつこうとした。
やがて、うとうととし始めた頃、突然、何かが耳元で囁くような音を感じた。「…助けて…」というかすかな声が聞こえた気がして、美奈子ははっと目を覚ました。部屋の中は暗く、外からのわずかな光が薄ぼんやりと差し込んでいるだけだ。
「気のせいかしら…」
美奈子は自分を落ち着かせようとしたが、心臓が早鐘のように打っているのが感じられた。耳を澄ますと、今度は遠くから何かが床を引きずるような音が聞こえてきた。それは廊下から響いているようだったが、次第に美奈子の部屋に近づいてくるように感じられた。
その音はますます大きくなり、ついには部屋の前で止まった。美奈子は息を呑み、身動きが取れなくなった。ドアの向こうに何かがいる、そう直感的に感じたのだ。しかし、ドアは静まり返っており、外には何の気配も感じられない。
「大丈夫、大丈夫…」
美奈子は自分にそう言い聞かせながら、再び目を閉じた。しかし、心は落ち着くどころか、ますます不安でいっぱいになっていった。そして再び、あの囁く声が耳元に響いた。「助けて…ここから出して…」
美奈子は恐怖で体が震え、目を開けた。部屋は相変わらず暗く静かだったが、何かが違っているような気がした。ふと視線を天井に向けると、そこには黒い影が漂っていた。影はゆっくりと形を変え、まるで誰かが天井からこちらを見下ろしているかのようだった。
「誰か…いるの…?」
美奈子は震える声で呟いたが、返事はなかった。影は少しずつ降りてきて、彼女のすぐ頭上にまで近づいてきた。その姿は不明瞭で、輪郭がぼんやりとしているが、確かにそこに「何か」がいるのを感じた。
美奈子は恐怖で身を縮め、布団の中に頭を隠した。心臓の鼓動が耳の中で響き渡り、呼吸が乱れてきた。もう一度、助けを求める声が耳元でささやかれたが、今度はそれがどこから来ているのか分からなかった。
しばらくして、美奈子は布団の中から顔を出した。影は消えており、部屋は再び静けさに包まれていた。しかし、美奈子の心には、あの恐怖が深く刻み込まれていた。彼女は恐る恐る部屋の周りを見回し、何事もなかったかのように振る舞おうとしたが、体はまだ震えていた。
次の日、看護師が朝の検温に来たとき、美奈子は昨夜の出来事を話そうとした。しかし、話すべきかどうかを迷った。自分の体調が悪いために幻覚を見たのかもしれない、と自分を納得させようとしたが、心の中ではそれが現実だったと確信していた。
「何かあったんですか?」と看護師が心配そうに尋ねた。
「いいえ、大丈夫です…ただ、少し怖い夢を見たような気がして…」美奈子はそう答えたが、看護師の表情が一瞬曇ったのを見逃さなかった。
その夜、美奈子は再びベッドに横たわったが、恐怖が彼女を襲ってきた。電気を消すのが怖くて、明かりをつけたまま眠りにつこうとした。しかし、部屋が明るくても心の不安は消えなかった。時計の針が刻む音が、異常に大きく感じられた。
深夜、再びあの引きずる音が廊下から聞こえてきた。今度ははっきりとした音で、それが何か重いものを引きずる音であることが分かった。美奈子は体を固くして、目をつぶった。音は徐々に彼女の部屋の前で止まり、次にドアノブがガチャリと鳴る音がした。
「入ってこないで…」美奈子は心の中で必死に願った。
しかし、ドアはゆっくりと開き、彼女の願いは叶わなかった。そこには何も見えないはずなのに、何かが彼女の部屋に入ってきたことを感じ取れた。足音もなく、ただ静かに、しかし確実に近づいてくる。それは美奈子のベッドの横に立ち、再び囁いた。
「ここから出して…」
美奈子は叫び声を上げたが、声は出なかった。体が動かなくなり、意識が遠のいていくのを感じた。その時、部屋の灯りが一瞬、激しく揺れたように感じ、次の瞬間には全てが消え去った。
翌朝、目が覚めると、美奈子は全身汗びっしょりだった。部屋は明るく、昨夜の恐怖がまるで夢だったかのように感じられた。しかし、心の底に残る不安が、それが現実だったことを告げていた。
退院の日が近づくにつれ、美奈子は一刻も早くこの病院を離れたいと思うようになった。そして、退院当日、彼女は決して振り返らないように心に決めて病院を後にした。
その後、美奈子はあの恐怖体験を誰にも話すことはなかった。しかし、時折夢の中で、再びあの病室に戻り、あの囁きを聞くことがある。その度に彼女は目を覚まし、冷や汗をかきながら自分が今、現実にいることを確認するのだ。
「もう二度とあの病室には戻りたくない」
そう強く思いながらも、彼女の心にはあの夜の出来事が、悪夢のように深く刻み込まれていた。
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