ある日、私はふと立ち寄った古美術品店で、一つの掛け軸に心を奪われた。その店は、狭い路地裏にひっそりと佇む小さな店で、所狭しと並べられた骨董品が独特の雰囲気を醸し出していた。店主は無口な老人で、私が店に入ったときも特に声をかけてくることはなかった。
その掛け軸は、店の奥の棚にひっそりと掛けられていた。絵には、薄暗い山道を歩く一人の僧侶が描かれていた。墨の濃淡を巧みに使い、僧侶の姿がまるで今にも動き出しそうなほどに生き生きとしていた。その細部まで丁寧に描かれた風景にも心惹かれた私は、店主に値段を聞き、その場で購入を決めた。
家に戻ると、早速リビングの一角にその掛け軸を飾った。古風な家屋に住んでいる私には、その絵はぴったりだと感じた。最初の数日は、何の異変もなく、私はその美しい絵を毎日眺めては楽しんでいた。
しかし、時間が経つにつれて、奇妙なことに気づき始めた。ある日、ふと絵を見たとき、僧侶が少しだけ前に進んでいるように見えたのだ。最初は気のせいかと思ったが、翌日も同じように少しだけ前進していることに気づき、ぞっとした。
それから毎日、私は掛け軸を観察するようになった。確かに僧侶は、少しずつではあるが、絵の中を進んでいるのだ。山道の風景もまた、わずかに変化していることに気づいた。木々の影が伸び、空が曇り始めたような印象を受けた。
最初は「古い掛け軸だから、経年劣化かもしれない」と自分を納得させようとしたが、その変化は明らかに異常だった。日を追うごとに、僧侶の表情が険しくなっていくのが見て取れた。最初は穏やかで落ち着いた顔だったのが、次第に眉間に皺が寄り、何かを恐れているような、怯えた顔つきになっていったのだ。
恐怖が日に日に増していく中、私は夜も眠れなくなった。僧侶が一体どこへ向かっているのか、そしてその先に何が待ち受けているのかが気になって仕方なかった。
ある夜、ついにその変化は決定的なものとなった。私は何かに目が覚め、リビングへ向かった。すると、掛け軸の僧侶が以前とは全く違う表情をしていた。今度は、恐怖を通り越した絶望と狂気に満ちた目をしていたのだ。さらに驚くべきことに、絵の中の山道が途切れ、僧侶はまるで何かに追われるかのように全力で走り出していた。
その瞬間、掛け軸が突然強く揺れ、壁から外れて床に落ちた。私は息を呑みながら掛け軸に駆け寄ったが、手を伸ばすのが恐ろしくて動けなかった。床に落ちた掛け軸からは、異様な冷気が漂い、何かがこちらを見つめているような気配を感じた。
翌日、恐怖に駆られた私は、掛け軸を元の店に戻そうと決心した。店主に掛け軸を返し、全てを話したが、老人は何も言わずにただ頷くだけだった。その後、私はその店に二度と足を運ぶことはなかった。
あの掛け軸は一体何だったのか、今でも理解できない。絵が動き出すという現象は、私の想像や幻覚では説明できないほどに現実的で、恐ろしいものだった。私は今でも、その掛け軸が何処で何をしているのか、そしてあの僧侶がどこへ向かっていたのかが気になって仕方ない。
ただ一つ確かなのは、あの掛け軸には、決して触れてはならない何かが潜んでいたということだ。今でも、その記憶が脳裏に焼き付き、思い出すたびに背筋が凍る。
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