私が通っていた中学校には、不気味な噂が絶えない「美術室」があった。古い校舎の最上階に位置するその部屋は、昼間でも薄暗く、窓際の壁にはひびが入り、天井からはかすかに染みが広がっていた。美術室はほとんど使われておらず、授業で入ることも少なかったため、生徒たちの間では「放課後には絶対に近づくな」と囁かれていた。
ある日、私は友人のリョウとユカリと一緒に放課後の学校に残っていた。リョウが部活動の用事で忘れ物を取りに行くと言い出し、私たちはそれについて行くことにした。用事が済んだ後、何か面白いことがないかと校舎内を歩き回っていた私たちは、ふと美術室の前で足を止めた。
「ここ、いつも閉まってるよね」とユカリが言った。
「開けてみようか？」リョウが冗談半分で答えたが、私はなんだか嫌な予感がしていた。
「やめとこうよ、あんまりいい噂ないし…」私は少し不安そうに言ったが、リョウはすでにドアノブに手をかけていた。
意外にも、ドアはすんなりと開いた。中は思った通り薄暗く、窓から差し込む夕日の光だけが部屋を照らしていた。古びたイーゼルや机が埃をかぶって並んでおり、独特の油絵の具の匂いが漂っていた。
「別に何もないじゃん」とリョウが笑いながら言った。私たちは少し安心し、部屋の中を見渡した。
その時、奥の壁際にかけられた一枚の絵に目が留まった。それは、油絵で描かれた古い風景画だった。どことなく不気味で、見れば見るほど異様な雰囲気を感じさせる絵だった。
「この絵、なんか怖くない？」ユカリが呟いた。
「確かに…なんか引き込まれそうな感じがするな」とリョウも同意した。私もその絵に目を奪われ、しばらく無言で見つめていた。どこかの古い街並みを描いたその絵は、どことなく現実感が薄く、まるで異世界の風景を映し出しているかのようだった。
「もう帰ろうよ、ここに長くいるのはなんか嫌な感じがする」私はその場を立ち去りたくなり、二人に促した。
しかし、その時だった。突然、絵の中からかすかな音が聞こえてきた。それは、まるで何かが絵の中で動いているかのような音だった。私たちは全員が凍りつき、絵に目を凝らした。
「聞こえた？」リョウが小声で聞いた。
「うん…聞こえた…」ユカリも青ざめた顔で答えた。
次の瞬間、絵の中の風景がわずかに揺れたように見えた。風が吹いたわけでもなく、部屋には何の異変もないのに、絵の中の木々や建物がかすかに動いているように見えたのだ。
「なんだこれ…」リョウが震える声で言った。私たちは恐怖で声も出せず、その場に立ち尽くした。
さらに奇妙なことが起こった。絵の中の一部が急にぼんやりと曇り始めたかと思うと、そこに新たな影が浮かび上がってきた。最初は何かわからなかったが、次第にそれが人の形をしていることに気づいた。絵の中に、誰かが現れたのだ。
その人影は、まるで絵の中を歩いているかのように、ゆっくりと動いていた。私たちは全員が息を飲み、恐怖で体が固まってしまった。
「これ、やばいよ…」ユカリが震えながら言った。
その影が、突然絵の端からこちらに向かって歩き始めた。まるで絵の外に出てきそうな勢いだった。私たちはそれを見た瞬間、恐怖で一斉に叫び声を上げ、教室から飛び出した。
廊下を全速力で駆け抜け、誰も振り返ることなく学校を飛び出した。外の冷たい空気に触れた時、ようやく私たちは立ち止まり、息を切らしていた。
「あれ、何だったんだ…」リョウが震える声で言ったが、誰も答えることができなかった。
その後、私たちは二度と美術室に近づくことはなかった。学校では、あの日のことを誰にも話さなかったが、私たちの心には深い恐怖が刻み込まれていた。あの絵が何なのか、あの人影が何を意味していたのか、今でも謎のままだ。
それから数年後、私は別の学校に進学し、その古びた美術室のことも忘れかけていた。しかし、時折、あの人影が夢に出てくることがある。あの日、私たちが目にしたものが、現実だったのか、それとも幻だったのか。今でもその答えを見つけることはできないでいる。
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