怖い話 奇妙な話 不思議な話 短編集

最後に鳴った電話 怖い話 奇妙な話 不思議な話 短編集

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大手企業に勤める石田宏は、毎日忙しい仕事に追われていた。ある日、ようやく仕事が一段落ついた金曜日の夜、同僚たちとの飲み会を終えて、少し酔いが回った状態で帰宅した。家に着くと、彼はそのままソファに倒れ込んで深い眠りに落ちた。

その夜、突然の電話の音で目が覚めた。寝ぼけた状態で、石田はリビングの固定電話が鳴っているのに気づいた。最近ではほとんど使わなくなった固定電話が鳴るのは珍しいことだったが、彼は疲れていたので、それほど気にせずに受話器を取った。

「もしもし、石田です」

しかし、相手からの返答はなかった。石田はもう一度「もしもし」と声をかけたが、やはり応答はない。ただ、どこか遠くからかすかに音楽が聞こえてくるようだった。曲は古いクラシックのピアノ曲で、どこかで聞いたことがあるような気がしたが、すぐには思い出せなかった。

「…間違い電話かな…」と思った石田は、特に気にせず電話を切り、再び眠りにつこうとした。

翌朝、石田は昨日の電話のことをぼんやりと思い出したが、特に気に留めることなく、普通の日常を過ごしていた。だが、その日も夜になると、再び固定電話が鳴った。受話器を取ると、またしても無音が続いた。今度は少し不思議に思った石田は、黙って耳を澄ませた。

すると、やはりかすかに同じクラシックのピアノ曲が聞こえてきた。曲はどこか懐かしく、しかし名前が思い出せない。石田は少しの間、その音楽に耳を傾けたが、やはり何も話さない相手に対して苛立ちを覚え、電話を切った。

その週末、石田は近所のカフェでのんびりと過ごしていたが、偶然にも店内で流れていた音楽が、あの電話で聞いた曲と同じものだった。石田は思わず耳を傾け、曲名を確認した。

「そうだ、これだ…ショパンの『別れの曲』だ」

その瞬間、彼は不意に感じた違和感に気づいた。なぜ、自分の電話にショパンの『別れの曲』が流れていたのか?あれは一体誰がかけてきたものだったのか?

石田はその日、少し不安を感じながらも帰宅した。そしてその夜、再び電話が鳴った。受話器を取ると、いつもの無音が続いた後、やはりあの『別れの曲』が静かに流れ始めた。しかし、今度はその後に女性の声が聞こえた。

「…元気にしてる?」

それは優しい、どこか懐かしい声だったが、誰の声かは思い出せなかった。石田は「どちら様ですか?」と尋ねたが、声はそれ以上何も言わなかった。代わりに、再び『別れの曲』が聞こえてきただけだった。

不思議な気持ちを抱えたまま、石田はその夜も電話を切った。

数日後、石田は子供の頃に住んでいた実家を訪れる機会があった。古いアルバムを見ていると、ふと幼い頃の記憶が蘇ってきた。石田の母はピアノが得意で、よく家でショパンの『別れの曲』を弾いていたのを思い出したのだ。

そして、あの電話の声も母の声に似ていたような気がしてきた。しかし、母は数年前に亡くなっており、今は誰もあの曲を家で弾くことはなかった。

その夜、石田は自宅に戻ったが、不思議と安心感に包まれていた。母が自分に何かを伝えようとしていたのかもしれないと考えると、心が温かくなった。

その後、電話は二度と鳴ることはなかった。石田は時折、あの夜の出来事を思い出すが、奇妙でありながらも優しさを感じる経験として心に刻まれている。



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