吉田彩香は、都内の広告会社に勤める若いOLだった。毎日のように続く残業と、クライアントとの厳しいやり取りに、彼女は心身ともに疲れ果てていた。ある日の夜も、ようやく仕事が終わったのは深夜を回ってからだった。彩香は会社を出ると、重い足取りで自宅へと向かっていた。
疲れきった頭で歩いていると、ふと目に留まったのは、薄暗い路地に佇む小さなパン屋だった。夜遅くに営業しているパン屋なんて見たことがなかったが、その温かな光に惹かれ、彩香は店に入ってみることにした。
「こんな時間にパン屋なんて珍しいな…」
彩香は不思議に思いながらも、扉を開けると、店内には芳醇なパンの香りが漂い、温かみのある雰囲気が広がっていた。棚には色とりどりのパンが並んでおり、どれも見るからに美味しそうだったが、どこか普通のパンとは違う独特な雰囲気があった。
店の奥からは、年配の女性が現れ、優しい笑みを浮かべて彩香に声をかけた。
「いらっしゃいませ。夜遅くまでお仕事だったのですね。どうぞ、こちらのパンを見ていってください。」
彩香は、その優しい言葉に少しホッとした気持ちになりながら、棚を眺めた。そこには見慣れないパンがいくつか並んでいた。
「こちらのパンは、特別なものばかりですよ」と、女性は説明を始めた。「例えば、こちらの『癒しのクリームパン』は、食べると心が穏やかになり、一日の疲れがふっと消えてしまいます。そしてこちらは『元気のフルーツデニッシュ』、これを食べると体に活力が湧いてきます。最後に、この『忘れかけた幸せのメロンパン』、食べると懐かしい幸せな気持ちが蘇りますよ。」
彩香は、女性の説明に惹かれ、それらのパンを一つずつ選んで買うことにした。レジで会計を済ませると、女性は「どうぞ、ゆっくりお楽しみください」と言いながら、温かい笑顔を送ってくれた。
パン屋に「ゆっくりお楽しみください」なんて言われて送り出されるの事はなかったので少し楽しかった。
自宅に帰った彩香は、早速パンを一つずつ味わってみることにした。まずは『癒しのクリームパン』を手に取り、一口かじると、優しい甘さが口の中に広がり、自然と笑みがこぼれた。同時に、一日の疲れが嘘のように消え去り、心が穏やかになるのを感じた。
次に『元気のフルーツデニッシュ』を食べると、フルーツの酸味とサクサクの生地が見事に調和し、体の奥から活力がみなぎるようだった。彼女は、これなら明日も頑張れそうだと思った。
最後に手に取ったのは『忘れかけた幸せのメロンパン』だった。その甘く香ばしい香りに誘われて一口食べると、幼い頃の記憶がふと蘇った。家族と一緒に過ごした温かい日々、友達と笑い合った学校の帰り道、何気ないけれど確かにあった幸せな瞬間が、次々と頭の中に浮かんできた。
彩香はそのままソファに座り、パンの袋を手に取りながら静かに微笑んだ。今まで感じていた疲れやストレスが、まるで霧が晴れるように消えていき、心が満たされるのを感じた。
その夜、彩香はいつもよりぐっすりと眠り、翌朝はすっきりとした気持ちで目を覚ました。仕事の疲れが残ることもなく、心に余裕を持って一日を始めることができた。
しかし、あの不思議なパン屋を再び訪れることはできなかった。翌日、彩香はその路地を通りかかったが、パン屋の姿はどこにもなかった。まるで夢だったかのように、そこにはただの静かな街角が広がっているだけだった。
それでも、彩香はあの夜に味わったパンの温かさと、心に残る優しさを忘れることはなかった。彼女はその後も仕事に追われる日々を過ごしていたが、疲れを感じるたびに、あのパン屋で過ごしたひとときを思い出し、自分に元気を取り戻すことができた。
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