渡辺隆は、30代後半のサラリーマンで、小学生の息子・健太を育てる父親だった。平日は仕事で忙しく、なかなか息子と過ごす時間が取れないことが心の片隅に引っかかっていた。特にその日は残業が長引き、家に帰るころには深夜になっていた。
帰り道、ふと見慣れないパン屋が目に入った。店の名前も特に掲げておらず、ただ柔らかい光を放つ温かい雰囲気の小さな店だった。深夜にもかかわらず営業しているのが不思議で、仕事の疲れからか、ついそのパン屋に足を踏み入れてしまった。
店内は、ほのかに甘いパンの香りが漂い、いくつかのパンが整然と並んでいた。どれも見たことがない形のパンで、疲れた体をそっと癒してくれるような気がした。
「いらっしゃいませ」と、店の奥から優しそうな年配の女性が出てきて微笑んだ。「お仕事でお疲れでしょう。こちらには特別なパンが揃っていますよ。」
隆は少し驚いたが、その穏やかな雰囲気に安心し、棚に並ぶパンをじっくり見て回った。彼の目に留まったのは、「安らぎのメロンパン」「癒しのクリームパン」、そして「元気のチョココロネ」だった。特にチョココロネには、息子の健太の笑顔が浮かび、明日の休日に一緒に食べようと考えた。
息子の話をすると、「元気のチョココロネは、食べると心も体も元気が出ますよ。息子さんとぜひ召し上がってくださいね」と、女性が優しく勧めてくれた。
いくつかのパンを選び、会計を済ませると、彼女は笑顔でこう言った。
「どうぞ、ゆっくりお楽しみください。」
その一言が、疲れ切った隆の心にじんわりと染み込んだ。誰かにこう言ってもらえるだけで、なぜこんなに心が癒されるのだろうと感じながら、パンを大事に抱えて帰宅した。
家に帰ると、妻も健太もすでに眠っていた。隆はさっそく、「安らぎのメロンパン」と「癒しのクリームパン」を味わうことにした。メロンパンは優しい甘さが口の中に広がり、体の疲れをほぐしてくれるようだった。クリームパンもふんわりとした食感で、心が落ち着くのを感じた。
しかし、「元気のチョココロネ」だけは、健太と一緒に食べるために取っておいた。父子で楽しむために、大事に冷蔵庫にしまった。
翌朝、土曜日の休日、健太が目を覚ましたとき、隆は彼に「特別なパンがあるぞ」と嬉しそうに声をかけた。
「これが『元気のチョココロネ』だ。食べると元気が出るらしいぞ、一緒に食べよう。」
健太は目を輝かせて、「本当?すごいね!早く食べたい!」と、嬉しそうに言った。
二人で「元気のチョココロネ」を割って一口食べると、濃厚なチョコレートが溢れ出し、パリッとした生地と相まって、今までに味わったことのない美味しさだった。父子で顔を見合わせ、思わず笑みがこぼれる。
「美味しいね!なんだか、体がすごく元気になってきた!」と健太が元気いっぱいに言った。
隆もその通りだと思った。体中にエネルギーがみなぎり、昨日の疲れが嘘のように消えていった。
「もっと食べたい!」と健太が言うと、隆も「じゃあ、またあのパン屋に行ってみようか」と提案した。
父子でパン屋を探すため、昨夜の帰り道を辿った。しかし、いくら探しても、あの「夜のパン屋」は見つからなかった。店があったはずの場所には、ただの路地が広がっているだけだった。
「あれ?ここにあったはずなのに…」と、隆は首をかしげた。健太も「お父さん、本当にここだったの?」と不思議そうに尋ねたが、間違いなく昨日入った場所だ。
その後、何度もその道を通ったが、あのパン屋を見つけることはできなかった。まるで、夜の一時だけ現れる幻の店だったかのように。
それでも、隆と健太は、あの「元気のチョココロネ」の味を忘れることはなかった。二人で一緒に食べたパンは、体を元気にしただけでなく、父と息子の絆を深める特別な思い出となった。
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