それは、何の変哲もない一日の終わりでした。仕事を終えて、いつものようにオフィスビルのエレベーターに乗り込みました。このビルのエレベーターは新しく、特に問題を感じたことはありませんでした。私は「1階」のボタンを押し、背中を軽くもたれかけました。
エレベーターは静かに動き始めましたが、その日、私は妙な違和感を感じました。何かが違う。何かが変わったような感覚が、頭の片隅に残っていました。そんな不安をかき消すように、私はぼんやりと壁を見つめました。
すると、突然エレベーターの壁に何かが映り始めました。最初は単なる光の反射かと思いましたが、次第にそれが何かの映像であることに気づきました。私は驚きのあまり、目を凝らしてその映像を見つめました。
そこに映し出されていたのは、見覚えのある風景でした。古びた木造の家、その庭には満開の桜の木があり、風に揺れて花びらが舞い散っていました。
「これは…?」
それは、私が子供の頃に住んでいた家の映像でした。今はもう取り壊されてしまった、懐かしい家。私は何かに引き寄せられるように、その映像に見入りました。次の瞬間、画面の中に幼い自分の姿が映し出されました。10歳くらいの私が、庭で笑顔を浮かべながら遊んでいるのが見えました。
「これ、確か…」
私は思い出しました。あの日は、私が大好きだった祖母が遊びに来てくれた日でした。映像の中の私は、祖母と一緒に庭で遊び、桜の花びらを手に取って楽しんでいました。私が長い間忘れていた記憶が、鮮明に蘇ってきました。
祖母の優しい声が聞こえてくるような気がしました。彼女はいつも笑顔で、私を優しく包み込んでくれる存在でした。私が学校で辛いことがあっても、祖母の家に行くとその不安がすっと消えていったことを覚えています。
「どうして今…こんな映像が?」
私は不思議に思いながらも、その映像に見入っていました。エレベーター内は静まり返っており、ただ過去の映像だけが壁に映し出され続けていました。
映像の中の私は、祖母と一緒にお茶を飲んでいました。彼女の穏やかな笑顔が映し出され、その時の温かい気持ちが胸に込み上げてきました。私はその映像を見ながら、なぜか涙がこぼれてきました。
「懐かしいな…」
そう呟くと、映像がゆっくりとフェードアウトし、エレベーターの壁は元の何もない状態に戻りました。私はその場でしばらく立ち尽くし、頭の中でさっきの映像を反芻しました。
あの映像が何を意味していたのかは分かりません。ただ、私が長い間忘れていた大切な記憶を思い出させてくれたことだけは確かでした。エレベーターの中で見たあの映像が、ただの幻覚だったのか、それとも本当に過去の記憶を映し出していたのか、答えは出ませんでしたが、不思議と心が温かくなったのを覚えています。
やがてエレベーターが1階に到着し、ドアが静かに開きました。私は重い足取りで外に出ましたが、心の中にはどこか晴れやかな気持ちが残っていました。外はすでに夜で、涼しい風が頬を撫でていきました。
それ以来、私は時折あのエレベーターに乗るたびに、また何かを思い出すのではないかと期待してしまいます。あの時の映像が、ただの偶然だったのか、それとも何か特別な意味があったのか、今でも分かりませんが、あの日の体験が私にとってとても大切なものになったことは間違いありません。
エレベーターに映し出されたのは、私が忘れかけていた大切な記憶でした。怖さよりも、どこか不思議で温かい気持ちを残してくれた、そんな一夜の出来事でした。
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