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終電に乗ったはずの男――終電にまつわる恐怖 怖い話 奇妙な話 不思議な話 短編集

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あの日、私はいつも通り、会社で遅くまで残業していました。時計を見ると、すでに終電の時間が迫っていました。急いで荷物をまとめ、慌てて駅へ向かいました。

駅に着いた時には、ホームにはほとんど人がいませんでした。終電間近ともなれば、さすがにこんなものだろうと自分に言い聞かせつつ、発車時刻を確認しました。電光掲示板には、次の電車が「終電」と表示されていて、あと数分で到着するはずでした。

ふと、周囲を見渡すと、数人の乗客が静かに待っているのが目に入りました。疲れたサラリーマン風の男性や、スマホをいじる若い女性。特に違和感は感じませんでした。

しばらくすると、遠くから電車が近づいてくる音が聞こえました。線路の先からヘッドライトがこちらを照らし、やがて終電がホームに滑り込んできました。扉が開き、私は何気なく車内に乗り込みました。空いている席に座り、すぐに疲れがどっと押し寄せてきたのを感じました。

電車の中は静かで、終電ならではの薄暗い雰囲気が漂っていました。何人かの乗客が座っていましたが、全員が無言で、疲れ切った表情を浮かべていました。電車がゆっくりと動き出し、私は深くため息をつき、うとうとと眠りかけていました。

しばらくして、ふと違和感を覚えました。

「…静かすぎる…?」

終電にしても、この静けさは妙でした。外を見ても、街の明かりがまったく見えない。電車は動いているはずなのに、窓の外にはただの真っ暗闇が広がっていました。まるで、電車がどこか異世界を走っているかのような感覚に陥り、急に不安が襲ってきました。

「これ、どこを走っているんだ…?」

乗っている人たちを見回しても、誰も異変に気づいていない様子でした。皆、ただ無表情で座っている。そんな中、私は少し恐怖を感じ、携帯電話を取り出して時間を確認しようとしましたが、画面が暗いまま、電源が入らない。

不安が増し、立ち上がって運転席の方へ向かおうとしました。すると、隣に座っていた中年のサラリーマン風の男が、無言で私の腕を掴みました。

「…降りろ…」

彼はそう小さな声で言いました。その顔は青白く、どこか虚ろな目をしていました。私は驚いて男を見つめましたが、彼は再び低い声で言いました。

「次の駅で…必ず降りろ…」

男の異様な雰囲気に圧倒され、私はただ黙って頷くしかありませんでした。男はそれ以上何も言わず、再び前を向きました。彼の言葉が何を意味するのか分からないまま、私は座席に戻り、電車が次の駅に到着するのを待ちました。

やがて、電車が減速し、次の駅に着きました。扉が開く音が響き、私は急いで席を立ってホームへ降り立ちました。周囲を見渡すと、私以外には誰も降りていません。むしろ、車内の乗客たちは皆、動かずに座ったままこちらを見ていました。彼らの顔には、まったく表情がありません。目だけがこちらをじっと見つめている。

「何なんだ…この電車…?」

不気味さに耐えきれず、ホームに降りた私はすぐに電車から離れました。電車の扉が閉まり、ゆっくりと発車していきます。車内の人たちは、最後の瞬間まで無表情で私を見つめていました。

電車が去り、私は改札へ向かおうとしましたが――気づくと、その駅自体が異様に静まり返っていました。ホームには誰もいない。駅員もいなければ、電灯もぼんやりとした光を放つだけで、全体がどこか異次元に迷い込んだような雰囲気でした。

私はすぐに出口を探し、外に出ると、そこは見たこともない場所でした。見覚えのない街並み。夜の闇が濃く立ち込め、遠くには街灯すら見えない、静まり返った町でした。

その夜、私は家に帰ることができず、結局朝を迎えるまで、見知らぬ駅の周辺を歩き続けました。朝日が昇ると、不思議と駅や街が見慣れた姿に変わりました。そして、駅の周りにも人が増え、現実の世界に戻った感覚がしました。

あの終電に乗ったことを、今でも後悔しています。もし、あのサラリーマンが降りろと言わなければ、私はどうなっていたのか――あの電車がどこに向かっていたのかは分かりません。ですが、あの車内に残っていた乗客たちは、もう二度と帰ってこられない場所に向かっていたのではないかと、今でも背筋が凍る思いがします。



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