それは、仕事帰りにふと立ち寄った夜の公園でのことだった。疲れた体を癒そうと、ベンチに座り込み、静かな時間を過ごしていた。公園は薄暗く、街灯の明かりだけが頼りだったが、そこには誰もおらず、静寂が広がっていた。
少し休んでから帰ろうと思い、スマホをいじりながらぼんやりとしていると、背後から誰かが近づいてくる足音が聞こえた。普段なら気にも留めないが、その足音は妙にリズムが一定で、不気味なほど規則的だった。
「誰かいるのか…?」
私は周囲を見回した。すると、公園の奥から、こちらに向かってゆっくりと歩いてくる人影が見えた。街灯に照らされ、その姿がぼんやりと浮かび上がる。遠目に見る限りは、普通の人間だった。
けれど、近づいてくるにつれて、徐々に異様な違和感が湧き上がってきた。
その人物は、スーツ姿の男性だった。歩く姿は機械的で、まるで決まったリズムに従っているかのよう。何かがおかしいと感じた瞬間、その男性が私の前で立ち止まった。
「……」
彼の顔を見た瞬間、全身に寒気が走った。
表情には明らかに生命感がなかった。目は焦点が合わず、まるでガラス玉のように無機質。どこを見ているのか分からない。口元には、微かに引きつったような笑みが浮かんでいるが、それはまるでロボットが笑顔を模倣しようとして失敗したかのような、不自然なものだった。
「何か…用ですか?」
恐怖で声が震えたが、私は一応声をかけてみた。だが、男性は無反応のままじっと私を見つめ続けている。何かが、確実におかしい。
その時、彼がゆっくりと口を開いた。
「ォ……アァ……」
出てきた言葉は、理解できない。まるで言葉のようでいて、意味をなさない音の羅列だった。喉の奥から絞り出されたような低い音が、何度も繰り返される。まるで、日本語を知っているが使い方を理解していない何者かが、無理やり会話を模倣しているような感覚。
「ォ……カ、ッ……ェェェェ……」
その音は、どこか不自然に長く、言葉としての形が壊れている。彼は無機質な目で私を見つめながら、同じような音を繰り返し発し続けていた。恐怖が増幅し、なんとか距離を取ろうとした。
「…っ、やめてくれ!」
声を上げると、彼は突然動きを止めた。無表情のまま、私をじっと見つめる。その視線が、まるで人間のものではなく、何か別の存在に操られているように感じた。
「こいつは、人間じゃない…!」
私は本能的にそう感じた。その場から逃げ出さなければならないという恐怖が全身を支配した。ベンチから立ち上がって一目散に走り出した。公園を飛び出し、後ろを振り返る余裕もなく、ただ闇雲に走り続けた。
息が上がり、足が止まったのは、しばらくしてからだった。振り返ると、公園の入り口は遠くにぼんやりと見えるだけで、あの男性の姿は見えなかった。なんとか逃げ切ったのだと安堵しようとした瞬間――
背後から、もう一度、同じ足音が聞こえた。
振り返ると、そこにはまた同じ無機質な笑顔を浮かべた男性が立っていた。彼の口が再びゆっくりと開かれた。
「ォ……アァ……」
その無意味な音が、耳にこびりつくように響き渡る。そして、私は再び全力で走り出した。
その後、公園を抜け、なんとか家にたどり着くことができた。だが、あの無機質な視線と、意味のない音の羅列が、今でも私の頭から離れない。あの男が何者だったのか、そしてあの時何を言おうとしていたのか――分かるはずもない。
ただ一つ言えることは、あの男は「人間」ではなかったということだ。
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