怖い話 奇妙な話 不思議な話 短編集

深夜のホテルで消えた宿泊客 怖い話 奇妙な話 不思議な話 短編集

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僕が働いていたのは、地方のビジネスホテル。夜勤のフロント係として、午後10時から朝の7時までのシフトを担当していた。ホテル自体は新しくもなく、古くもない、ごく普通の施設で、特に大きな問題もなく平凡な日々が続いていた。

しかし、その夜、僕は忘れられない体験をすることになった。

その日は週末で、フロント業務のピークも過ぎた深夜1時頃だった。ホテル内はすっかり静まり返り、宿泊客たちはほとんど眠りについている頃。フロントは無人で、僕はカウンターの後ろで書類整理をしていた。特にトラブルもなく、時間がゆっくり流れている。そんな時、突然フロントのベルが「チリン」と鳴った。

「いらっしゃいませ」

僕はすぐに顔を上げた。そこには、スーツ姿の男性が立っていた。年齢は40代半ばくらいだろうか、少し疲れた様子で、目の下にクマがあり、背中も少し丸くなっていた。普通のビジネスマンのように見えたが、何か違和感があった。

「部屋をお願いします」

低い声で言われ、僕は予約を確認しようとした。しかし、彼の名前を聞いたものの、予約リストにはその名前が見当たらない。

「すみません、今日はご予約が入っていないようですが…」

すると、その男性は静かに首を振り、現金を差し出して「予約していなかった。今すぐ部屋を取りたい」と言った。深夜の飛び込み客は珍しくなかったし、部屋にも空きがあったので、僕は特に気にせずに彼にキーを渡した。部屋番号は204号室だった。

彼は無言でキーを受け取り、エレベーターに向かって歩いていった。その背中を見送る間、何故か胸にモヤモヤした違和感が残った。

それからしばらく経ち、夜はますます静かになっていった。いつも通り、フロントで監視カメラの映像を確認したり、宿泊客の名簿を整理したりして時間をつぶしていた。ふと204号室のカメラ映像をチェックした時、思わず目を疑った。

エレベーター前のカメラには、男性が映っていなかったのだ。彼がエレベーターに乗るはずの瞬間、映像には誰もいない。ただエレベーターのドアが開いて閉まっただけだった。

「そんなはずはない…」

あの時、確かに彼はここで部屋のキーを受け取ってエレベーターに乗ったはずだ。すぐにカメラの映像を巻き戻して確認したが、やはりエレベーターには誰も乗っていないように見える。背筋がゾクっとしたが、頭を振って気のせいだと思い込もうとした。

その後、午前3時頃、ふいにフロントの電話が鳴った。受話器を取ると、弱々しい声で女性が話しかけてきた。

「すみません、隣の部屋から変な音がするんです。ドアを叩いているような音が…少し怖くて…」

電話は203号室の女性客からだった。僕はすぐに「申し訳ありません。すぐに確認いたします」と答え、部屋の隣である204号室へ向かうことにした。

5分もかからず、僕は204号室の前に立っていた。廊下は冷たく静まり返っており、まるで空気が重く感じられた。ドアの前で耳を澄ませたが、何の音もしない。ノックをしてみたが、反応はない。

「失礼します」

お客様が倒れているなど緊急事態の場合もあるので、僕はマスターキーを使って204号室のドアを開けた。

部屋の中は薄暗く、照明が点いていた。だが、そこには誰もいなかった。ベッドは整然としていて、まるで誰も利用していないかのようにキレイなままだった。スーツケースや荷物も何もない。まるで最初から人が入っていなかったような部屋だった。

「おかしい…確かに204号室にあの男性を案内したのに…」

僕は一度フロントに戻り、204号室の宿泊情報を確認した。だが、システムには「204号室に誰もチェックインしていない」と表示されていた。予約リストも飛び込みの宿泊客の履歴もすべて確認したが、その男性の名前も記録もどこにもなかった。

まるで彼が最初から存在していなかったかのようだった。

不安を感じながらも、僕は再度監視カメラを確認した。彼がフロントでチェックインした映像も確認しようとしたが、驚いたことに、その時間帯の映像が完全に消えていた。まるでその部分だけが欠けてしまったかのように、映像が飛んでいた。

心臓がドキドキと脈打ち、全身に冷たい汗が流れた。

その晩、204号室には確かに誰かが泊まったはずだった。けれど、その男はどこにも記録が残っていない。翌日、僕はオーナーに相談したが、「そんなことあるわけないだろう」と軽く流されてしまった。ホテルのシステムやカメラが壊れることはたまにあるが、人が「消える」ことなんてあり得ない。

だが、僕が今でも覚えているのは、あの男の無表情な顔と、エレベーターに乗らなかったはずの影だ。あの晩、何かが確実に「おかしかった」ことは間違いない。

それ以来、204号室には二度と近づきたくないと感じている。あの部屋には何かがある。僕はもう一度、あの男性が現れるのではないかという不安を抱えながら、今日もフロント業務を続けている。



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