それは、ある冬の夜のことだった。僕は友人と飲みに出かけていて、帰りが遅くなってしまった。終電には間に合わず、仕方なく深夜バスで帰ることにした。深夜バスは本数が少なく、運行ルートも限られているが、幸運なことに、自宅近くまで行くバスがあった。
寒さに震えながらバス停で待っていると、バスが静かに到着した。乗客は少なく、車内は空っぽに近い。僕は疲れた体を引きずってバスに乗り込み、いつものように後部座席に腰を下ろした。
バスは静かに発進し、深夜の静まり返った街を進んでいく。窓の外は暗く、道にはほとんど人がいない。僕はスマホを取り出し、時間を確認してからぼんやりと眺めていた。
しばらくして、気づけば僕はうとうとしていた。深夜のバスは独特の揺れがあって、乗っていると不思議と眠気が誘われる。しかし、その夜は少し違っていた。
ふと、何かに引き戻されるように目を覚ますと、バスはいつもと違うルートを走っていた。
「え、こんな道あったっけ?」
窓の外を見ると、見覚えのない風景が広がっていた。薄暗い街灯がぽつんと立ち並ぶ、何もない郊外のような道。普段乗っているバスのルートにはこんなところはなかったはずだ。僕は一瞬、寝ぼけているのかと思ったが、どれだけ目をこすっても、見慣れた景色は戻ってこない。
不安を感じ、周りを見回してみると、車内の雰囲気もおかしいことに気づいた。乗客はほんの数人しかいなかったはずなのに、いつの間にか知らない人たちがたくさん乗っていたのだ。
彼らは無言で座っていて、全員が前をじっと見つめていた。顔がよく見えないが、どこか無機質な雰囲気を持っていて、まるで彫刻のように動かない。
僕は急に胸騒ぎがして、スマホを確認したが、なぜか圏外になっていて、時計も止まっていた。ますます焦りが募り、運転手に確認しようと前の方へ歩いて行こうとした。
すると、急にバスが停車した。
「ガタン…」
窓の外を見ると、見覚えのないバス停に止まっていた。乗客が降りる様子もなく、誰かが待っている気配もない。辺りは静まり返り、まるで時間が止まっているかのような不気味な雰囲気が漂っていた。
「ここは…どこだ?」
僕は運転手に話しかけようと歩き出そうとしたが、ふとした瞬間に気づいた。バス停の外に立っている、妙に背の高い影に。バス停のすぐ横に、誰かが立っていたのだ。
その人物は、全身が黒い服をまとっていて、顔は見えない。まるで影そのものが立ち上がったかのように、じっとバスを見つめていた。いや、見つめているというよりも、待っているような感じだった。
心臓がドクンと鳴った。直感的に、その人物がバスに乗ってくるのではないかという不安が押し寄せてきた。僕は席に戻り、なるべく目を合わせないようにして、その人物を気にしないフリをした。
その瞬間、バスのドアが「シュー」と音を立てて開いた。
だが、誰も乗ってこない。影のような存在はそこに立ち続けたままだった。そして、ドアが静かに閉まり、バスは再び動き出した。
車内は静まり返っていた。周囲の乗客も、相変わらず無言で動かず、ただ前を見つめている。僕は再び恐怖に襲われ、スマホを見たが、まだ圏外のままだった。
「これは、何かおかしい…」
バスはどこへ向かっているのか。いつものルートではないし、僕は今どこにいるのかさえわからない。このまま乗っていては、どこに連れて行かれるかわからない。僕は次の停留所で降りようと決心した。
しばらくすると、またしてもバスが停車した。窓の外を見ると、今度は暗闇に包まれたバス停に着いていた。周囲には街灯もなく、どこか異世界に来たような錯覚を覚えた。
「降りるしかない…」
僕は意を決して、急いでバスを降りた。降りる際に振り返ると、車内の乗客たちは一斉にこちらを見ていた。彼らの無表情な顔が、暗闇の中でぼんやりと浮かび上がり、鳥肌が立った。
ドアが閉まり、バスは再び走り去っていった。僕はその場に立ち尽くし、どこかへ消えていくバスのテールライトを見送った。
やがて、深呼吸をし、周囲を確認すると、幸運なことに近くにタクシーが走ってきた。僕は慌ててタクシーを止め、乗り込んだ。
「ここはどこですか?」
運転手に聞くと、驚いた表情を浮かべながら答えた。
「ここは郊外の外れですよ。こんな時間にここで何してたんですか?」
それ以来、深夜のバスに乗ることには、妙な恐怖を感じるようになった。あの不気味な乗客たち、影のような存在、そして、見知らぬ場所へと向かうバス。
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