その日、仕事が思ったよりも長引き、気づけば外はすっかり暗くなっていた。疲れ切った体を引きずるようにして、最寄りのバス停に向かった。夜遅くともなれば、バスは1時間に1本あるかどうかだ。運良くバスはすぐに来た。
停留所にバスが到着し、ドアが開く。バスに乗り込んだのは私一人。中を見ると、すでに数名の乗客が座っていた。疲れもあってか、私はそのまま無意識に一番後ろの席に座り込んだ。
「やっと帰れる…」
私は、ホッと一息ついた。仕事の疲れがどっと押し寄せ、まぶたが重くなってきた。バスの揺れが心地よく、自然に体が沈み込んでいく。まもなく、私はうとうとと眠りに落ちてしまった。
「……え?」
どれくらい眠っていただろうか。ふと目を覚ますと、窓の外に見えた景色に驚愕した。
見慣れた街並みではない。暗く、何かが欠けているような――どこか異様な風景が広がっていた。建物はぼんやりとした輪郭を持ち、街灯の光も不自然に弱い。道路も見慣れた道ではなく、どこまでも続く闇に飲み込まれているようだった。
「ここ、どこ…?」
焦った私は、バスの中の乗客たちに目を向けた。だが、その時、全身に鳥肌が立った。
バスに乗っていた数名の乗客たちは、みな「人間」ではなかった。
彼らは、私が座っていた後方の席に静かに座っていたが、どこか異様だった。表情には明らかに生命感がなく、目は焦点が合っていない。まるでガラス玉のように無機質で、どこかをぼんやりと見つめている。口元には微かに引きつった笑みが浮かんでいたが、それもどこかぎこちなく、不自然なものだった。
「あの…」
声をかけようとしたが、その瞬間、乗客たちの一人がゆっくりとこちらを見た。目が合った瞬間、その「偽りの人間」は微笑みを浮かべた。しかし、その笑顔には感情がこもっておらず、ただ顔の筋肉が無理やり引きつっているようだった。
「ォォ……」
彼の口から漏れたのは、意味不明な音の羅列だった。言葉のようでいて、言葉ではない。まるで、何かが人間の言語を真似しているかのように聞こえた。
恐怖で全身が固まり、汗がじわりと流れ始めた。他の乗客も同じだった。みな、無表情のまま、不自然にぎこちない動きで、私をじっと見ている。
「ここ、どこなんだ…」
私はパニックになり、後方の席から一気に立ち上がった。そして、急いで前方の運転手に声をかけた。
「すみません! このバス、どこに向かっているんですか?」
運転手は、何事もなかったかのように私の方をちらっと見た。彼は落ち着いた声で、まるで私が少しの勘違いをしているかのように言った。
「どこで間違って乗っちゃったの? ここが、あなたの降りたい場所かな?」
その言葉を聞いた瞬間――景色が一変した。
次の瞬間、バスはすでに見覚えのある停留所に停まっていた。私が本来降りるはずだった自宅近くのバス停だ。ついさっきまでの異様な風景は、すべて消え去っていた。
「え…どうして…?」
驚愕と混乱で頭が真っ白になったが、恐怖感の方が強く、私は急いでバスを降りた。地面に足をつけた瞬間、ようやく現実に戻ったような感覚が蘇った。
バスのドアがゆっくりと閉まり、運転手が最後にこう言った。
「バス、間違えて乗らないようにね。」
運転手の穏やかな声が耳に残る。しかし、何かが確かにおかしかったのだ。バスが発車し、車体が遠ざかっていく。私は恐怖に震えながら、そのバスを見送った。
発車していくバスの後部窓には――あの偽りの乗客たちが、じっと私を見つめていた。無機質な目で、焦点の定まらない瞳で、笑顔を浮かべて。
その光景が目に焼き付き、私は思わず震えた。
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