仕事を終えて、いつものようにバスに乗り込んだ私は、少し疲れが溜まっていた。窓の外はすっかり暗く、街の灯りがちらちらと映り込む。車内はひんやりしていて、乗客は私一人だけだった。
「こんな時間に、他に誰もいないなんて珍しいな…」
いつもは帰宅ラッシュで賑やかなはずのバスも、この日は妙に静かで、少し不気味に感じた。それでも気にせずに、私はいつもの窓際の席に座り、スマホを手にして今日の出来事を整理していた。バスがゆっくりと走り出した時、次の停留所でドアが開いた。
乗ってきたのは、真理子だった。私の大学時代からの親友だ。
「え、真理子?」
私は思わず声を上げた。彼女はいつも元気で明るく、私にとっては特別な存在だった。けれど、最近は彼女を誘っても「忙しい」と断られることが多く、少し距離ができてしまったように感じていた。
彼女は驚いた様子もなく、自然に私の隣に座り、笑顔を見せた。
「久しぶりだね。ずっと会いたかったんだけど、なかなかタイミングが合わなくてね」
「本当だよ、最近全然会ってなかったじゃん。誘っても忙しいばっかりだし」
私は少し拗ねたように返すと、彼女は申し訳なさそうに微笑んだ。
「ごめんね。実は…いろいろあってね。今日は、会えて良かった」
彼女のその一言に、私は何か引っかかるものを感じた。真理子は、昔から何か悩んでいる時でも自分から話すことは少ない。でも、その日は違った。彼女の目には、何かを伝えようとしている深い感情が漂っていた。
「いろいろって…何かあったの?」
私はいつもなら軽く流すところだが、その日はどうしても気になって、真剣に聞いてしまった。すると、彼女は少し沈黙してから、静かに口を開いた。
「うん、実はね…最近、ちょっと体調を崩してて。思ったよりも深刻だったんだ」
「え…?大丈夫なの?」
彼女がそう言うと、胸がざわついた。体調の話なんて今まで聞いたことがなかったから、驚きと不安が一気に押し寄せてきた。
「正直、あまり良くないの。でも、そんなに心配しないで。今日はその話をしたくて来たんじゃないの」
彼女は笑顔を保ちながらも、その言葉には重みがあった。私は何と言っていいかわからず、ただ彼女を見つめた。
「私はね、最近ずっと考えてたんだ。人生って短いんだなって。病気になってから、いつ何が起こるかわからないことに気づいたの。だから、今を大切にしないといけないんだなって」
彼女の言葉が胸に響いた。普段は明るくて、深く物事を考えるタイプではなかった彼女が、こんなに重い話をするなんて。私は真剣に聞き入っていた。
「でもさ、私は後悔してない。たくさんの素敵な思い出があるし、大切な人たちに囲まれてきた。あなたとも、たくさんの思い出があるよね?」
私はうなずいた。大学時代、真理子とは本当にたくさんの時間を過ごした。授業の合間にカフェでおしゃべりしたり、旅行に行ったり、失恋した時に慰め合ったり。彼女との思い出は数え切れないほどあった。
「そうだね。真理子と過ごした時間、私にとっても本当に大切だよ」
すると、真理子は穏やかな笑顔を浮かべながら、ふと窓の外を見つめた。
「だから、私も今を大切にしようって思ってる。未来はどうなるかわからないけど、今を生きることが一番大事なんだよね」
私は言葉を失った。彼女がこんなにも深いことを考え、覚悟を決めていることが、痛いほど伝わってきた。彼女は、きっと私に伝えたかったのだろう。「後悔しないで、生きることの大切さ」を。
やがて、私の降りる停留所が近づいてきた。
「私、ここで降りるよ」
立ち上がろうとしたその瞬間、真理子が私の腕を掴んだ。彼女は、バッグから小さな木製の手鏡を取り出して、私に手渡した。
「これ、持っててほしいの」
「え…?」
彼女は優しく微笑んだ。
「私のお気に入りだったの。いつも持ってたんだけど、これからはあなたが持ってて。私がいなくても、この鏡を見ればいつでも一緒だよ」
私は、その鏡を受け取りながら、胸がいっぱいになった。
「ありがとう、真理子…でも、どうしてこれを?」
「ただ、なんとなくね。あなたにはずっと笑顔でいてほしいんだ。だから、鏡を見るたびに思い出してね。笑ってる自分が一番輝いてるって」
彼女のその言葉に、私は涙がこみ上げてきた。でも、笑顔を作り、彼女に「ありがとう」とだけ言ってバスを降りた。ドアが閉まり、バスはゆっくりと走り去っていく。その時、窓越しに見えた真理子の顔は、笑顔のままだったが、涙が一筋流れていた。
なぜか胸に強い不安が残った。手の中の鏡を見つめ、彼女の言葉を反芻しながら、家路を急いだ。
そして、その途中でスマホが振動した。通知を見ると、共通の友人からのメッセージだった。
「真理子、今朝亡くなったって…。ずっと病気と闘ってたみたい。信じられないけど」
信じられなかった。ついさっき、彼女と一緒に話をしていたばかりだ。元気そうに見えたのに、彼女はもうこの世にいないという事実が、私の頭を混乱させた。
でも、手の中の鏡を見つめた時、彼女が最後に伝えたかったことがわかった気がした。彼女は、最後まで私に「笑顔で生きてほしい」というメッセージを残してくれたのだ。
涙を流しながらも、私は鏡を握りしめ、彼女との最後の会話を胸に刻んだ。
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