僕は、これまで特に怖い体験をしたことがなかった。ホラー映画や怪談話を聞いても「現実にはあり得ない」と一蹴していたのだ。だが、あの日以来、僕の考えは変わってしまった。
仕事で疲れ切っていたその夜、終電間際に駅のホームに立っていた。辺りは静かで、時折吹く風が心地よかった。電車が来るまでまだ時間があったので、ベンチに腰掛けてスマホを見ていた。
ふと、隣のベンチに人が座った気配がした。顔を上げると、そこには若い女性が座っていた。長い髪を後ろで結び、顔を俯かせている。特に気に留めることもなく、再びスマホに目を戻そうとしたその時、視界の端に異様なものが映った。
その女性が、こちらを見ながら満面の笑みを浮かべていたのだ。
不自然なほど口角が上がり、その目には光がなく、まるで笑顔だけが浮かび上がった仮面のようだった。僕は思わずゾクッとし、視線を外した。気のせいだろう、疲れのせいだと自分に言い聞かせ、なるべく彼女の方を見ないようにしていた。
しかし、彼女の笑顔は目を閉じても頭から離れなかった。無理にスマホを見て気を紛らわせようとしても、頭の中にあの顔が浮かんでくる。
電車がホームに入ってくる音がして、ようやく救われた気がした。すぐに立ち上がり、電車のドアが開くと同時に車内へ滑り込んだ。安堵して振り返ると、ホームにいたはずの彼女はすぐ後ろに立っていた。電車には僕たちしか乗っていない。そして、あの満面の笑みのまま、僕のすぐ隣に座った。
背筋に冷たいものが走り、身動きが取れなくなった。電車が動き出す音も遠く感じ、彼女の気配だけが異様に濃く感じられる。顔を見たくなかったが、どうしても確認せずにはいられなかった。
勇気を出して横目で彼女を見た瞬間、彼女はさらにこちらに体を寄せ、声を発した。
「ねぇ…笑ってるでしょ?」
その声は異様に明るく、しかしどこか壊れたような響きがあった。恐怖で全身が硬直したまま、僕はただ震えるしかなかった。
次の駅で電車が停まった瞬間、僕は飛び出すように電車を降りた。振り返ると、彼女はまだ車内に座っていた。だが、その瞬間、電車が発車すると同時に、彼女が窓越しに僕に満面の笑みを浮かべて手を振っていたのだ。
それ以来、僕は電車に乗るたびに彼女の姿がどこかに見えるのではないかという不安に駆られる。あの笑顔が、今もどこかで僕を見ている気がしてならない。
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