久しぶりに都会の喧騒から離れ、静かな郊外の小さな街へと足を運ぶことにした。日々の仕事に追われ、心身ともに疲れ果てていた私は、どこかゆっくりとした時間が流れる場所に行きたかった。ちょっとしたリフレッシュのための一人旅、そんな軽い気持ちで電車に乗り、ふと見つけたその街に降り立った。
駅から出ると、期待していた通りの静かな街並みが広がっていた。道端には可愛らしい花が咲き、小さな商店がぽつぽつと並んでいる。都会の喧騒とはまるで違う、ゆったりとした空気が流れているように感じた。
「のんびりできそうだな…」
そう思いながら、私は街を散策し始めた。だが、街を歩き始めてしばらくすると、なんとも言えない違和感が胸に広がった。
街を行き交う人々が、みんな笑っている。
笑顔を浮かべていること自体は普通かもしれないが、その笑顔があまりにも不自然だった。すれ違う人、買い物をしている人、ベンチに座っている人――みんな、全員が、まるで一斉に笑顔を作っているかのように、同じ表情を浮かべている。
「なんだ、これ…?」
気づいた時には、周囲の人々すべてが満面の笑みを浮かべていた。口角は不自然に引き上がり、目尻がピクリとも動かない。その笑顔には、何かが欠けている。温かさも、喜びも、何も感じられない。むしろ、何か作り物めいた違和感しか感じられなかった。
「この街、ちょっと変だな…」
胸に不安が広がり、私は街の中心部に向かおうと足を速めた。しかし、歩けば歩くほど、すれ違う人々がみな同じ笑顔を浮かべていることに気づき、恐怖がじわじわと心を侵食していく。
「笑顔が…作り物みたいだ…」
誰かと話しているわけでもないのに、通行人たちは皆、無言で笑顔を保ったまま歩いている。ある老夫婦は、手を取り合いながら笑顔で歩いていたが、その目はまるでガラス玉のように無機質だった。彼らの足取りは機械のようにぎこちなく、時折、動作がぎこちなくなる。
私はこの街を去りたい気持ちでいっぱいになったが、出口が見つからない。狭い街だと思っていたはずなのに、なぜか同じような通りばかりが続いている。すれ違う人々の笑顔が、ますます恐ろしいものに見えてきた。
「もう、ここはおかしい。早く出ないと…」
焦る気持ちで道を探していると、ふいに前方に小さな広場が見えた。広場には、大勢の人々が集まっていた。しかし、彼ら全員が――満面の笑みを浮かべている。
広場の中央には大きな噴水があり、その周りを取り囲むようにして人々が立っていた。彼らもまた、皆同じ笑顔でじっと噴水を見つめている。まるで、時間が止まってしまったかのように動かない。
恐る恐る広場に足を踏み入れると、彼らの笑顔がこちらに向けられた。全員の視線が一斉に私に集まり、その瞬間、背筋に冷たいものが走った。
「な、なんなんだ、これは…」
一人の男性が、笑顔のままゆっくりと私の方に歩み寄ってきた。彼の目は焦点が合っておらず、まるで何かに操られているようだった。口元には、無理やり引きつった笑顔が貼りついている。彼は一言も発しない。ただ、笑顔を保ったまま、私に近づいてくる。
「やめて…!」
私は反射的に後ずさりした。しかし、その男性だけでなく、広場にいた全員が一斉に私の方に向かって歩き出した。全員が同じ笑顔を浮かべ、無言で、ゆっくりと近づいてくる。
「近づかないで!」
パニック状態になり、私は広場から逃げ出そうとした。しかし、出口を探しているうちに、後ろから声が聞こえた。
「こんなところに紛れ込んでしまったんですね…」
驚いて振り返ると、制服を着た警備員のような男性が立っていた。彼は周囲の「笑顔の人々」を見渡しながら、ため息をつき、私に近づいてきた。
「もう、ここには来ない方がいいですよ。」
彼の言葉は穏やかで、まるで私を安心させるかのようだった。その瞬間、周りにいた笑顔の人々が静かに立ち止まり、何事もなかったかのように元の場所に戻っていった。
私は信じられない思いで広場を見渡した。さっきまでの恐怖の光景が、まるで幻のように消え去っていた。
「何だったんだ…今のは…」
私は震えながら街を抜け出し、駅に向かって一目散に走った。満面の笑みを浮かべる人々が再び私の視界に入らないかと、不安で後ろを振り返ることもできなかった。
駅に着いた時、振り返ると――街の出口に立つ満面の笑みの人々が、じっとこちらを見ていた。
私は恐怖で目を閉じ、深呼吸をしてからもう一度目を開けた。
すると、そこには普通の街並みが広がり、行き交うのは何の変哲もない、笑顔も作り物ではない普通の人々だった。先ほどの恐ろしい光景は、まるで幻だったかのように消え去っていた
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