その日は珍しく休みを取れた。普段は忙しい仕事に追われているので、こうして一人で街を歩くことは滅多にない。せっかくの休日だし、静かな場所でコーヒーでも飲みながらゆっくりしたいと思った。
歩き疲れた僕は、通りに面したカフェに目を留めた。外観は少し古びていたが、どこか懐かしい雰囲気を感じ、店内を覗くと、意外にも客は少なく静かだった。ここなら、ゆっくりできそうだと思い、店に入ることにした。
カフェの内装はどこか古い時代を思わせるもので、レトロな家具が並んでいた。カウンター席に座り、アイスコーヒーを注文した。しばらくして、冷たいコーヒーを受け取り、窓の外を眺めながら時間を過ごす。平和な午後だった。だが、次第に違和感が胸に湧き上がってきた。
「何かおかしい…?」
ふと、カフェの中を見渡すと、周りの客たちが全員、こちらを見ていることに気がついた。何もしていないのに、なぜか視線を感じる。それだけではない。彼らは皆、満面の笑みを浮かべていた。その笑顔は不自然なほど広がっていて、目だけは冷たく、感情を全く感じさせない。
心臓が高鳴る。何が起こっているんだ?
隣のテーブルに座る男も、満面の笑顔を浮かべていた。だが、彼は何も喋らない。ただ無言でこちらを見ている。笑っているのに、恐怖がじわじわと体を蝕んでいく。店員さえもカウンター越しに笑顔を浮かべたまま、じっとこちらを見つめていた。
「…なんだ、これは?」
僕はコーヒーを置き、慌てて立ち上がった。だが、すぐに全員が一斉に僕の方を向き、笑顔のままゆっくりと近づいてきた。
「待って…何なんだよ…!」
焦る僕に対し、彼らは一言も発しない。ただ、満面の笑みを浮かべたまま静かに、そして確実に距離を詰めてくる。その笑顔は、徐々に異様なものへと変わり、目は笑っていないどころか、どこか空虚で、何も映していない。
恐怖が全身を襲い、足が震えた。逃げたいのに、体が動かない。彼らの笑顔がすぐ目の前に迫る中、ドアが突然開いた。
「ここに来てしまったんだな」
低い声が響いた。振り返ると、そこには一人の老人が立っていた。彼は一見、普通の人間に見えたが、その目には異様な光が宿っていた。
「早く出ろ、ここはお前のいる場所じゃない」
その言葉を聞いた瞬間、僕は反射的に店を飛び出した。冷たい空気が体に当たり、少しだけ現実に戻れた気がした。後ろを振り返ると、カフェの窓から、あの笑顔の人々がじっとこちらを見つめていた。全員、同じ満面の笑みで。
「あの笑顔は…なんだったんだ?」
そう思いながらも、僕は二度とそのカフェには近づかなかった。しかし、その後、どこへ行っても、ふとした瞬間にあの笑顔がちらつくのだ。電車の窓、道端で目が合った通行人、ビルの窓に映った自分の顔…。
あのカフェの住人たちは、まだ僕を見ているのだろうか。あの満面の笑みを浮かべた者たちは、一体何者だったのか。そして、もし再び彼らに会ったなら、今度こそ逃げられないかもしれないという恐怖が、心の奥にじっと潜んでいる。
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