怖い話 奇妙な話 不思議な話 短編集

深夜の病室で聞こえる名前の囁き…恐怖に凍りつく夜、その正体とは? 怖い話 奇妙な話 不思議な話 短編集

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私が入院したのは、ただの急性胃腸炎だった。病院に運ばれた時にはひどい痛みで動けなかったが、処置を受け、すぐに症状は落ち着いた。数日入院すれば退院できるということだったので、私は特に心配せず、そのまま病院での生活を受け入れることにした。

病室は、古びた個室だった。病院自体は少し古い建物だったが、手入れは行き届いていて静かで清潔な部屋だった。窓からは中庭が見え、昼間は陽の光が差し込んで穏やかな時間が流れていた。スタッフも親切で、私はすぐに退院できると思っていたので、特に不安は感じていなかった。

ただ、夜になると病院の雰囲気は一変する。昼間の穏やかさとは対照的に、夜は静寂が支配し、どこか不気味な空気が漂っていた。古い建物特有の軋む音や、遠くから聞こえる機械の微かな音が、どうしても神経に触る。だが、病気の回復に専念しなければならない私は、それも気にしないように努め、眠ろうとした。

その夜、静けさの中でふと目を覚ました。時計を見ると、夜中の2時を少し過ぎた頃だった。特に痛みや不調があったわけではなく、自然に目が覚めてしまっただけだと思った。

ベッドの上で軽く伸びをしながら、ふと耳を澄ませた時だった。

「…タカシ…」

かすかに、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。最初は耳鳴りかと思ったが、明らかに誰かが私を呼んでいる。しかも、その声は遠くからではなく、すぐ近くから聞こえてくるような気がした。

「気のせいだろう…」

そう自分に言い聞かせ、再び横になろうとしたが、もう一度耳元で囁くように声がした。

「タカシ…」

声は、確かに誰かがすぐ近くで私を呼んでいる。恐る恐る周りを見回したが、個室の中には誰もいない。ドアも閉まっていて、隣の病室や廊下から声が聞こえてくるわけでもない。部屋の中には、私一人だけだ。

「誰だ…?」

私はベッドから身を起こし、部屋の中を見渡した。窓は閉まっており、カーテンは揺れていない。だが、その声は再び聞こえた。今度は、よりはっきりとした声で。

「タカシ…」

私は心臓が凍りつくような感覚に襲われた。誰かが私の名前を呼んでいる。しかし、その声はどこから聞こえているのか全くわからない。まるで空気そのものが声を持ち、私に語りかけているかのような不気味な感覚だった。

恐怖がじわじわと広がり、私はナースコールのボタンを押そうかと考えたが、どう説明していいかわからなかった。ただ名前を呼ばれたことだけで看護師を呼んでいいのか?そんなことを考えながら、ベッドに戻ろうとした瞬間、声はさらに近くから聞こえた。

「ここだよ…タカシ…」

その声は、確実に部屋の中にいた。私は耐えきれず、ナースコールのボタンを押した。すぐに看護師が来てくれたが、私が「誰かが名前を呼んでいる」と言うと、彼女は優しく微笑んで「怖い夢でも見たんじゃないですか?」と答えた。

しかし、夢ではない。私は確かに目が覚めていて、声は何度も聞こえたのだ。

その夜は、結局まともに眠ることができなかった。

翌朝、私は昼間の光の下で再び昨夜のことを振り返った。冷静になればなるほど、あの声がどこから聞こえたのか不思議でならなかった。病院での生活は普通に過ぎていき、昼間は誰もが忙しく、あの不気味な声のことなど頭から忘れかけていた。

しかし、その夜もまた、私の眠りを邪魔する声が聞こえてきた。

「タカシ…タカシ…」

今度はより近く、よりはっきりと。私は恐怖で体が硬直し、ベッドから動くことができなかった。

「ここにいるよ…」

その言葉が耳に届いた瞬間、私は反射的にナースコールを再び押した。すぐに看護師がやってきたが、その時には声は消えていた。何度説明しても、やはり「気のせい」と言われ、次第に私は自分でも何かの幻聴ではないかと疑い始めた。

しかし、3日目の夜、真実が明らかになった。

深夜、再び名前を呼ばれて目を覚ました私は、声が聞こえる方に注意を向けた。声は部屋の隅から聞こえていた。そして、暗闇の中にぼんやりとした人影が浮かび上がった。全身が氷のように冷たくなり、私はその場で固まってしまった。

「タカシ…お前のことを…ずっと見ている…」

その影は、まるで私に向かって手を伸ばそうとしているかのようだった。私は悲鳴を上げて、ナースコールを乱暴に押した。部屋のドアが開き、看護師が駆け込んでくると、影は消え、部屋は再び静寂に包まれた。

その後、私は退院の日まで一度も夜に眠ることができなかった。あの名前を呼ぶ声と、病室の隅に見えた影は一体何だったのか。医師や看護師に話しても、信じてもらえなかったが、私は確かに体験したのだ。

あの病院には、何かがいる。誰かの名前を呼び続ける「何か」が。



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