再び喫茶店で、私とリョウはアキラと向き合っていた。前回の話が頭から離れないまま、私たちは彼の新しい体験談を聞くために集まっていた。しかし、アキラの表情はこれまで以上に険しく、何か非常に重い話がこれから語られることを感じ取った。
「最近、ある場所でちょっとした仕事があったんだ。最初は何でもない依頼だったんだが、途中で異常な事態に遭遇した。…今まで数多くの経験をしてきたけど、これほどまでに『正体がつかめない』恐怖は初めてだった。」
アキラが言うと、私もリョウも身を乗り出した。彼が本気で怖がっていることが伝わってきたからだ。
「依頼主は、ある会社のオフィスビルの清掃員だった。その人が言うには、夜になるとビルの中で『誰かが歩いている音』が聞こえるらしい。しかも、毎回決まって深夜の同じ時間。最初は気にしていなかったそうだが、最近になって、その音がどんどん近づいてくるように感じ始めた、と言うんだ。」
アキラはコーヒーカップを置き、低い声で続けた。
「俺もそういう話には慣れているし、ビルという密閉された空間ではよくあることだと思っていた。でも、彼の話を聞いていくうちに、どうもその音だけじゃないことがわかってきた。彼は明らかに『何か』を見たんだ。ある夜、オフィスの廊下を歩いていた時、ふと窓に映る自分の姿を見た瞬間、背後に『もう一つの影』があったと言うんだ。」
リョウが息を飲んだ。「影…?」
「そう。最初はただの錯覚だと思ったらしい。だが、影が動いたんだ。自分と一緒に動くはずの影が、まるで自立しているかのように、彼をじっと見つめていたと言う。俺はその時点で少し不安になったが、それでもそこまで異常な事態だとは思わなかった。でも、依頼を受けてそのビルに行った瞬間、すぐにわかったよ。これはただの怪談話じゃないと。」
アキラの声は一段と低くなり、彼の話に私たちは引き込まれていった。
「そのビルの中に入った瞬間、空気が異様に重かった。まるで建物全体が何かに飲み込まれているような圧迫感があった。廊下を歩くたびに足元に冷たいものが感じられて、背中に視線を感じる。でも、振り返っても誰もいないんだ。」
アキラはその時の感覚を思い出すように、少し表情を曇らせた。
「そして、エレベーターである階に降り立った時、突然、視界の端に黒いものがスッと動いた。最初は何かの影かと思ったが、その『黒いもの』が俺の方へ向かってきた。廊下の奥からゆっくりと近づいてくるのが見えたんだ。」
「それ、何だったんだ?」リョウが小さな声で聞いた。
「…わからない。ただ、その時気づいたんだ。それは足がなかった。黒い影は上半身だけで、まるで浮いているかのように、音もなくこちらに向かってきたんだ。顔もなく、ただ黒いシルエットがはっきりと見えた。そして、その動きが尋常じゃなかった。ゆっくり近づいてくると思っていたら、突然『加速』したんだ。」
私はその瞬間、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。アキラが言う「影」の姿が頭の中で鮮明にイメージされ、その得体の知れない存在が恐怖として迫ってきた。
「その影が加速して近づいてきた時、俺はすぐに身構えた。でも、動けなかったんだ。まるで体が凍りついたかのように、全身が硬直してしまった。その影はどんどん大きくなって、気がつけば目の前にあった。そして、全身に冷たい感触がじわじわと広がっていったんだ。」
アキラの言葉に、私たちは息を呑んだ。彼の表情は真剣で、まるでその時の感覚がまだ彼の中に残っているかのようだった。
「次の瞬間、その影が消えた。でも、俺の中にはずっと何かがまとわりついているような感覚が残ったままだった。ビルを出てからも、後ろに誰かがいるような感覚が消えなかったんだ。依頼主にも事情を話し、すぐにお祓いを受けるように勧めた。」
「それで、その影はどうなったんだ?」私は震える声で尋ねた。
アキラは少し目を閉じ、ゆっくりと首を振った。「まだわからない。お祓いをした後も、依頼主から何も連絡はない。」
アキラの話が終わった時、喫茶店の静けさが一層際立っていた。私たちは無言のまま、その得体の知れない恐怖に飲み込まれていた。アキラの体験は、説明のできない不気味さで私たちの心に深く刻まれた。
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