私は定年後、静かな時間を過ごしたくて、夜間の警備員として働くことにしました。昼間は孫と遊んだり、趣味の読書をしたりして過ごしていますが、夜になるとこのオフィスビルで一人、警備の仕事に従事しています。ビル内にはあちこちに防犯カメラが設置されており、その映像を警備室でモニターを通じて監視するのが私の仕事です。基本的には何も起こらず、静かな夜が続くため、落ち着いた環境で働けています。
定年後の仕事としてはちょうど良いもので、夜中の時間が私には心地よくもあります。年齢的に夜勤は少々堪えますが、一人きりでコーヒーを飲みながらモニターを眺めていると、なんとも言えない安心感があります。
しかし、ある夜、普段の平穏な時間を大きく揺るがす出来事がありました。夜中の2時過ぎ、何気なくモニターを眺めていた時のことです。通常通り、オフィスの廊下やエントランスの映像が映し出されている中で、一つのモニターに違和感を覚えました。
そのモニターには「接続なし」と表示されているはずでした。古いカメラが故障し、まだ交換されておらず、何も映らないのが当たり前だったからです。ですが、何も映るはずがないそのモニターに、奇妙な映像が映っていたのです。
画面に映し出されていたのは、どこか懐かしい田舎の風景でした。広々とした畑、木造の家々、澄んだ青空。驚きと共に、その風景に見覚えがあることに気づきました。そこは、私が幼少期を過ごした故郷の村だったのです。
「これは…」
目の前の映像に呆然としながら、私は言葉を失いました。畑や木々、家の配置まで、すべてが当時のままです。昭和の時代、私がまだ子供だった頃の景色が、どうしてこの防犯カメラのモニターに映っているのか、まるで理解できませんでした。
さらに、画面の中で、小さな子供が走り回っているのが見えました。よく見ると、その子供は幼い頃の私自身だったのです。泥だらけのズボンを履き、田んぼの畦道を無邪気に走っている姿。目の前に映し出される自分の姿に、私は胸が強く締めつけられるような感覚を覚えました。
そして、さらに驚いたのは、その映像に映る父と母の姿です。父は畑で働いていて、母は家の前で洗濯物を干している。どちらも若く、元気そうな姿です。私は思わず画面に見入ってしまい、まるでその時代に戻ったかのような感覚に包まれました。
「懐かしい…」
父も母も、もう何十年も前に他界しました。特に母が亡くなった時は、心の準備もできていなかったせいか、しばらく立ち直れなかった記憶があります。それだけに、画面に映る母の笑顔は、私の心に深く響きました。母が微笑みながら私を見つめている姿は、まるで「おかえり」と言っているかのようで、その温かさに胸が熱くなりました。
父も相変わらずの大きな背中で、子供の頃の私はその背中に安心感を覚えていました。あの懐かしい日々が、こうしてモニター越しに目の前で再現されていることに、言葉で表せないほどの感動と不思議さを感じました。
しかし、そんな心地よい時間は長くは続きませんでした。突然、映像はパッと消え、元通り「接続なし」の表示に戻りました。何事もなかったかのように、警備室の静けさだけが残り、再びオフィスの映像が映し出されています。
「今のは…なんだったんだ…」
私はしばらくその場に立ち尽くしました。あの懐かしい風景がどうして今このモニターに映し出されたのか、その理由は全く分かりません。しかし、あの瞬間だけは確かに、もう一度父と母に会えたような気がしました。まるで過去の記憶が、短い間だけ私を訪れてくれたかのように。
それ以来、私は時折そのモニターを眺めています。またあの懐かしい映像が現れるのではないかと、どこか期待しながら。しかし、それ以来同じ映像が映ることはありません。それでも、あの夜に見た風景は、今でも私の心の中に鮮やかに残っています。
警備の仕事は今も続けていますが、あの不思議な出来事があったおかげで、私は時々、過去の思い出に浸る時間を大切にするようになりました。もしかしたら、またいつかあの映像が現れるかもしれない——そんなささやかな期待を胸に、静かな夜を見守っているのです。
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