僕がリゾートバイトを始めたのは、大学の夏休みのことだった。海辺にある古民家旅館でのバイトで、静かな町に位置するその旅館は、長い歴史を持ち、観光客にも評判が良い場所だった。落ち着いた雰囲気の中での仕事は、海の近くということもあって楽しみだったし、何より海水浴や新鮮な海の幸に囲まれた生活は魅力的だった。
旅館は古風で、木造の建物が特徴的だった。老舗らしく、伝統的な和風の佇まいが訪れる客を魅了していたが、一方でその大きさや古さから、少し不気味さも感じさせた。長い廊下や軋む床、そして至るところにある古びた調度品が、まるで過去の時間に取り残されたような感覚を覚えさせる。
バイトを始めて数日が経った頃、僕は夜勤を任された。夜勤はフロントでの簡単な対応と、旅館内の巡回を行うだけで、特に大変な仕事ではなかった。静かな夜、波の音がかすかに聞こえる中で、仕事は順調に進んでいた。
その晩も普段と変わらず、フロントに座っていると、突然、旅館の奥にある古い蔵の鍵が開いていることに気づいた。普段は厳重に鍵がかけられているはずの蔵だが、その夜はなぜか開いていた。泥棒が入ったのかもしれない――そんな考えが一瞬頭をよぎった。蔵は旅館の一部で、古いものが多く保管されていると聞いていたので、念のため確認しに行くことにした。
懐中電灯を持って、蔵の前に立つと、その重厚な扉がわずかに開いているのが分かった。中からはひんやりとした空気が流れ出てきて、なぜか背筋に寒気が走る。泥棒かもしれないという焦りと、好奇心が入り混じり、僕はゆっくりと扉を押して中に入った。
中は古びた木の香りと湿った空気で満たされていた。懐中電灯で照らしてみると、埃が積もった棚や、何十年も前の道具が並んでいる。まるで時間が止まってしまったかのような、異様な静けさがあった。
さらに奥へ進むと、そこには不気味なものがたくさん置かれていた。まず目に飛び込んできたのは、古い人形や仮面の数々。それらはどれも異様にリアルで、特に人形の顔は、まるで生きているかのように精巧だった。人形の瞳がこちらをじっと見つめているように感じた瞬間、冷たい汗が背中を伝った。
さらに、何かの儀式に使われたのか分からない古い巻物や、剥製のような動物の骨が無造作に積み上げられていた。それらの物がどんな意味を持つのかは分からなかったが、その場に立っているだけで、異様な不安感が襲ってきた。
特に怖い現象が起きているわけではなかった。しかし、そこにある物たちは、見てはいけない何かであることを直感的に理解した。目にした瞬間から、蔵にいること自体が恐ろしくなり、僕は足早にその場を離れた。背後に誰かの気配を感じた気がして、一刻も早く外に出たかった。
蔵の扉を閉め、急いでフロントへ戻ると、心臓がバクバクと鳴り、落ち着くまでに時間がかかった。頭の中では何度も「あれは何だったのか」と自問自答したが、誰に話すべきか分からなかった。
その夜は何事もなく過ぎ去ったが、あの蔵で見たものが頭から離れず、怖さは次第に膨らんでいった。翌日、僕は早めに旅館のバイトを辞めることを決意した。何か特別な理由があったわけではないが、あの蔵の中を見てしまったことで、どうしてもここに居続ける気が起きなかったのだ。
バイトを辞めてから、僕はあの古民家旅館や蔵のことを誰にも話さなかった。ただ、今でも時折、夜中にふと目が覚めた時、あの人形や仮面が僕を見つめているような気がしてしまう。それは、蔵の中に入ってしまった僕の記憶に、深く刻まれているのだろう。
僕が最後に見た蔵の中――それは、ただの古い物置だったのか、それとも何かもっと深い意味があったのかは今も分からない。ただ、あの場所で何かを見てしまった僕は、二度とあの旅館に戻ることはないと決めている。
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