夏休みの終わり頃、俺は好奇心から、とある山奥の廃集落を訪れることにした。誰も住んでいない集落という噂を耳にしたのがきっかけだ。地図にも載っていないその場所は、細い山道を車で進み、歩きでさらに奥に入らなければたどり着けない。俺は一人で、冒険気分で向かった。
ようやく集落にたどり着いた時、周りはひっそりと静まり返っていた。家はすっかり朽ち果て、木々に覆われているが、かつてここに人々が暮らしていたことがわかる。どこからともなく、カラスの鳴き声が響いていたが、それ以外の音は何もない。
俺は廃屋を見て回った。倒れた柱や崩れかけた屋根、荒れた庭の中を歩いていると、一軒だけ特に状態の良い家を見つけた。興味本位で中に入ると、意外にも家具が残っていて、誰かが住んでいた形跡がはっきりとあった。埃が積もっているが、生活感があるのだ。
リビングの隅にある古いタンスを開けた時、ひとつの日記帳が目に留まった。黒い革の表紙に、手書きで「K」というイニシャルが彫られている。無性に興味を引かれ、俺はその場に腰を下ろし、ページをめくり始めた。
日記は、この集落に住んでいた家族の主婦らしき人物が書いたものだった。最初の方は、穏やかな田舎暮らしの日常が綴られていた。しかし、読み進めるうちに、内容が次第に不穏なものに変わっていった。
日記の内容:
7月12日
最近、夜になると集落の外れから誰かがこっそり歩いている音が聞こえる。最初は風の音かと思っていたけど、確かに人の足音だ。だが、誰も姿を見たことがない。夫は気にするなと言うけど、私だけじゃなく、近所の奥さんも同じ音を聞いていると言っていた。
7月15日
昨日の夜も足音がした。今度は家のすぐ外だ。カーテンの隙間からそっと外を覗いたが、やはり誰もいない。それに、村のみんなが無言で怯え始めている気がする。集会でも誰もこの話をしたがらない。何かを隠しているようで気味が悪い。
7月21日
昨日の夜、子供が家の中で泣いていた。足音が、今度は家の中から聞こえたという。私は慌てて廊下に出たが、誰もいなかった。夫も出てきたが、彼は「そんなものはいない」と繰り返すだけ。私は眠れなかった。
7月24日
集落の一部の家族が引っ越した。理由は教えてくれなかったが、足音が関係していることは明らかだ。私もここを出たい。でも、夫は「ここに留まるべきだ」と頑なに言う。何か知っているのだろうか。
7月28日
また聞こえた。今度は耳元だ。眠っていたはずの私の耳元で、何かがささやくような声だった。言葉はわからないが、確かに何かを伝えようとしている。私が目を覚ますと、家中が凍りついたように静まり返っていた。夫も、子供も、全員が眠っているのに、私は一人だけ取り残された感じがする。
8月2日
集落で最初の「事故」が起きた。裏の家の主人が、夜中に家の外で倒れていた。原因は不明。妻は「彼も足音を追って外に出たんだ」と呟いていた。誰も彼女の言葉に反応しなかったが、全員が同じことを考えているだろう。
8月8日
もう耐えられない。今夜も足音がしている。毎晩毎晩、近づいてくる。あれは人じゃない。誰も言わないけれど、全員わかっている。夫も、子供も、怯えているのに、何も言わない。でも私は知っている。あの足音は、ここにいる何かを探している。そして、誰かが連れて行かれる。
俺は日記を閉じた。日記はそこで終わっていたが、最後のページに何かが書かれたような跡がうっすらと残っていた。まるで急いで書き残されたものを誰かが消し去ったかのように。
不安な気持ちが膨れ上がり、すぐにその家を出た。集落を後にしようと急いだが、ふと背後から足音が聞こえた。振り返ったが、誰もいない。ただ、風のない静かな空気の中で、遠くから小さな足音が響き続けていた。
俺はその音が耳から離れないまま、集落をあとにした。帰りの車中でも、足音が消えたとは思えなかった。そして今も、あの音はどこかで鳴り続けている気がする。もしかしたら、あの集落では今でも誰かが…。
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