それは、ある夏の夜のことだった。蒸し暑く、窓を開けても風はほとんど入ってこない。疲れていた私は、いつもより早めに布団に入った。部屋の電気を消し、天井をぼんやり見つめながら、いつの間にか眠りについていた。
「……っ!」
ふと目が覚めると、体が動かないことに気づいた。
全身がまるで麻痺したように鉛のように重い。手足に力を入れようとしても、びくりとも動かない。
「これが……金縛りってやつか……?」
金縛りに遭ったのは初めてだったが、押さえつけられている感覚ではなく、ただ全身から力が抜けているような感覚だった。
それだけでも十分怖かったが、次の瞬間――私は異様な光景を目にすることになる。
視界の隅に――黒い影が見えたのだ。
その影は、部屋の隅、ちょうどクローゼットの前あたりに立っていた。人の形をしているが、輪郭はぼやけており、まるで黒いもやが人型を成しているようだった。
「……誰……?」
そう思っても、声を出すこともできない。ただ、その黒い影はじっと立っているだけだった。
だが、私がその影を見つめていると、今度は視界の反対側――窓の近くに、もう一つの影が見えた。
それは、白い影だった。
黒い影とは対照的に、白い影はぼんやりとした淡い光をまとっていた。人の形をしているが、こちらも輪郭が曖昧で、まるで霧が形を作っているように見えた。
私は混乱し、どうしていいのか分からず、ただ黒い影と白い影を見つめていた。
すると――二つの影がゆっくりと動き始めた。
黒い影はクローゼットの前から、白い影は窓の近くから、お互いに向かって近づいていく。
「……何だ、これ……」
私は体を動かそうと必死にもがいたが、相変わらず全身に力が入らない。ただ、二つの影が徐々に近づいていくのを、見守るしかなかった。
そして――
黒い影と白い影がぶつかり合った瞬間、二つの影はぐるぐると渦を巻くように回転し始めた。
まるで何かの力がぶつかり合っているかのように、黒と白の影が混ざり合い、次第にグレーの影へと変わっていく。
渦は回転するたびに形を崩し、そして――
消えた。
その瞬間――
全身に力が戻った。
「はっ……!」
私は反射的にガバッと起き上がった。
部屋は真っ暗で、静まり返っていた。
クローゼットの前にも、窓の近くにも、あの黒い影と白い影はどこにも見当たらない。
「あれ……夢だったのか?」
私は何度も目をこすり、部屋の隅々を確認したが、何もおかしなところはなかった。ただの夢だったのだろう――そう自分に言い聞かせた。
だが、どうしても気になることがある。
あの影が消えた最後の瞬間――あの時、どこからか低い声の笑いが聞こえた気がしたのだ。
黒い影と白い影が何だったのか――今も分からない。だが、一つだけ確かなのは、あの時、もし影たちが混ざり合わずにそのまま近づいてきていたら、私は今ここにいなかったかもしれないということだ。
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