小学生の頃、僕の通学路に2週間ほどの間だけ現れた露店があった。学校の帰り道、いつもその店を通るたびに、カラフルな商品が目を引いた。剣の形をした風船、可愛らしいぬいぐるみや人形、そして色鮮やかなキーホルダー。どれも子供心をくすぐるような魅力的なものばかりだった。
店主はいつも明るい笑顔を浮かべた中年の女性で、通りがかる子供たちに優しく声をかけてくる。「いらっしゃい、いらっしゃい!」と陽気な声を耳にするたび、僕も「何か欲しいな」と思った。でも、僕はまだ低学年で、ポケットにはお金なんて入っていない。それでも毎日露店を眺めるのが楽しかった。
しかし、ある日、クラスで妙な噂が広まり始めた。
「あの露店で売ってる人形、夜中に動くらしいよ」
「なんか、勝手に歌い出すんだって……」
誰が最初に言い出したのかは分からない。でも、その噂は一気に広がり、次第にみんながその露店を怖がるようになった。
それを聞いてから、僕の目にはあの露店の商品が不気味なものに見えてきた。可愛らしいぬいぐるみは、どこか薄気味悪く、鮮やかなキーホルダーも手に取る気がしなくなった。毎日笑顔で子供たちに話しかけてくる店主の明るい笑顔も、どこか不自然な仮面のように感じられて、次第に僕はその露店に近づくのが怖くなった。
そんなある日、下校途中に近所の高学年のお姉さんが、その露店で何かを買っているのを見かけた。
「これ、可愛いでしょう?」
お姉さんは僕を見つけると、にっこりと笑いながら手にした人形を見せてくれた。それは、丸い目をした女の子の人形で、ピンク色のドレスをまとっていた。でも、僕にはそれがまったく可愛く見えなかった。むしろ、その人形の表情には、どこか奇妙な不気味さが漂っていた。
「……うん」
僕は作り笑いを浮かべてその場を離れた。噂を知っていた僕には、その人形がただの玩具ではなく、何か得体の知れないもののように思えて仕方がなかった。
それから数日が経ったある朝のこと。学校へ向かう途中、僕はゴミ捨て場の前で立ち止まった。
そこには、あの高学年のお姉さんがいた。そして、お姉さんは例の人形をゴミ袋の中に捨てていたのだ。
僕に気づいたお姉さんは、ため息をつきながらぼそりとこう言った。
「この人形、夜中に歌うのよ。不気味でたまらない……」
その言葉に、僕はゾッとした。やっぱり噂は本当だったのだ――そう思うと、急に背筋が寒くなった。
お姉さんは捨てた人形に一瞥もくれず、さっさとその場を離れていった。
僕もその場を離れようとしたが、ふとゴミ袋の中の人形が気になってしまった。
ちらりと人形のほうを見た瞬間――。
人形の首がゆっくりと回り、僕をじっと見つめたのだ。
まるで、僕に訴えかけるように。
その人形の目には、「拾って」と言わんばかりの視線が込められていた。無機質なはずの目が、まるで感情を宿しているように感じた。
僕は、体が硬直し、しばらくその場から動けなくなった。けれど、次第に恐怖が勝ち、なんとかその場から逃げ出したくなった。
「ヤバい、関わっちゃいけない……」
そう思い、僕はその場から足早に立ち去った。心臓がバクバクと鳴り、背中に冷たい汗が流れるのを感じながら、ただひたすら学校に向かって歩き続けた。
その後、あの露店は不思議なことに、突然姿を消した。2週間ほど続いていたのに、ある日を境に跡形もなくなってしまったのだ。店主がどうして急にいなくなったのかは分からない。
だけど、僕の記憶には、あのゴミ捨て場の人形がこちらを見つめていた光景が、今でもはっきりと残っている。
時々、あのときお姉さんが言った言葉が、ふと頭をよぎる。
「この人形、夜中に歌うのよ」
もし、あの日あの人形を拾っていたら――今ごろ、僕はどうなっていたのだろうか。
その答えを知るのが怖くて、露店で売られている人形には手を出さないと決めた。
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