小学生の高学年になった頃、ついに僕は自分の部屋をもらった。4畳半の狭い部屋だったけれど、自分だけの場所ができたことが嬉しくてたまらなかった。部屋には小さな机と本棚、そして壁にはクローゼットがあった。そこには服やおもちゃ、いらなくなった教科書などをぎゅうぎゅうに詰め込んでいた。
最初の頃は普通の部屋だったし、毎日そこで過ごすのが楽しかった。しかし――。
あの不思議な現象が起き始めたのは、ある深夜のことだった。
目次
クローゼットの中に広がる「異世界」
その夜、僕はいつものように布団に入り、眠りに落ちていた。すると、ふと夜中に目が覚めた。何かが違う――と思った瞬間、目に飛び込んできたのは、クローゼットの隙間から漏れる光だった。
「……光るものなんて入れたっけ?」
おもちゃの電池切れかとも思ったけれど、あんな強い光は見たことがない。妙に気になって、布団から抜け出し、そっとクローゼットの扉を開けた。
――そして、その瞬間、僕は言葉を失った。
クローゼットの中には、まるで異世界のような風景が広がっていたのだ。
目の前に広がるのは、僕たちの住む地球とは全く違う街並みと自然の景色。空は青ではなく、どこか紫がかった光を帯びていて、見たこともない植物が風に揺れている。空中には、魚のような形をした不思議な生き物が漂っていた。
建物も地球のものとは全然違った。まるでガラス細工のように透き通っていて、どれも不思議な形をしていた。どこか未来的で、それでいて自然と調和しているような、不思議な都市の風景だった。
僕は思わず、その異世界の景色に手を伸ばそうとした。しかし――。
指先が透明な壁のようなものに遮られ、僕はその世界に触れることができなかった。ガラス越しに風景を見ているような感覚だった。
さらに不思議だったのは、その異世界の住人たちは、こちらの存在に気づいていないということだった。異世界に住む人々は楽しそうに話しながら歩いているが、こちらの世界が見えている様子はない。僕だけが、一方的にその世界を「覗き見」しているのだ。
「ひとりだけの秘密」
その異世界の景色は、5分から10分ほどで消えてしまう。光がふっと薄れ、気づけばそこには、いつも通りのクローゼットの中――ぎゅうぎゅうに詰めた服やおもちゃが戻ってくる。
あまりにも不思議な体験だった。翌日、親や友達に「昨夜、クローゼットが異世界につながったんだ!」と話してみたけれど、もちろん誰も信じてくれなかった。
「また夢でも見たんだろ?」
「お化けの話でもするつもり?」
あの不思議な光景を言葉で伝えたかったのに、誰も耳を傾けてはくれなかった。
それで僕は決めた。この異世界の風景は、僕だけの秘密にしよう、と。
その現象が起きるのは、いつも深夜だけだった。いつ起きるかはわからないが、1週間に1回のときもあれば、数ヶ月に1回のときもあった。もしかしたら、気づかないうちに見逃していることもあったかもしれない。それでも、その世界が現れる瞬間を僕は楽しみにしていた。
消えてしまった風景
僕はやがて中学生、そして高校生になった。しかし、成長するにつれて、あの不思議な現象はだんだんと起きなくなっていった。
最後に異世界の景色を見たのは、高校1年生の夏のことだった。そのときも、押し入れの中に未来のような街並みが広がっていた。風に揺れる紫色の植物や、空に浮かぶ奇妙な魚たち――。
「これが最後になるのかな……」
そう思いながら、その景色をじっと見つめていたのを覚えている。そして、その日を境に、あの世界は二度と現れることはなかった。
大人になった今も
僕はやがて高校を卒業し、大学進学を機に家を出た。その後、実家に戻ることはほとんどなくなったけれど、ふとした瞬間に、あのクローゼットの中の異世界を思い出すことがある。
あの世界は本当に存在していたのだろうか? それとも、子供の頃の夢のような幻だったのか――。
いまでもたまに思う。もし実家に戻り、もう一度あのクローゼットを開けたら、またあの異世界の風景が現れるのではないかと。
僕が大人になったから見えなくなったのか、それともあの世界自体がどこかに消えてしまったのか――それは今もわからない。
ただ、ひとつだけ確かなのは――。
あの異世界をもう一度見てみたい、という気持ちは今でも消えていない。
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