大学生になったばかりの夏休み、僕は友人のユウタに誘われて、街外れにある廃墟を探検することになった。そこはかつて古い旅館だったと言われているが、今ではすっかり荒れ果て、地元でも「出る」と噂されている場所だった。
「怖いならやめてもいいぜ?」
ユウタはニヤニヤしながら僕に言ったが、負けず嫌いな僕は断れなかった。
「……行ってみるか」
何か起きたら嫌だと思いながらも、好奇心が勝った。
目次
廃墟の旅館
廃れた旅館は、まるで時間に取り残されたように静かだった。木の看板は風化し、屋根の瓦も崩れ落ちている。玄関の引き戸は歪んで開けっぱなしになっていた。
「なんか不気味だな……」
廃墟に足を踏み入れた瞬間、胸の奥に嫌な気配を感じたが、ユウタはそんなものをまったく気にせず、奥へと進んでいく。
「おい、見ろよ!」
ユウタが興味を示したのは、廃墟の一室――畳が敷かれた和室だった。古い掛け軸が壁にかかり、部屋の隅には古びた日本人形がぽつんと置かれていた。
不気味な日本人形
その人形は、色あせた着物を着た女の子の姿をしていた。長い黒髪に、大きなガラスのような瞳。ところどころ埃を被っていたが、それでも妙に人の視線を感じさせる不気味な人形だった。
「気持ち悪いな……」
僕が言うと、ユウタは人形を手に取って笑った。
「お前、ビビりすぎだろ。ほら、ただの人形じゃん」
だが、その人形を触るのは本能的にやめた方がいい気がした。何かが「危ない」と警告している――そんな感覚だった。
「……もう帰ろうぜ」
僕は急にその場から離れたくなったが、ユウタは人形を元の場所に戻さず、無造作に床に置いたまま先に進もうとした。
その瞬間――。
カタッ……
どこかで何かが動く音がした。
僕たちは一瞬、顔を見合わせたが、何も言わずそのまま廃墟を後にした。
夢に現れた人形
その夜、僕は妙な夢を見た。
夢の中、僕は昼間のあの和室に立っていた。人形は床に無造作に転がっており、その瞳がじっと僕を見つめている。
そして――人形がゆっくりと立ち上がった。
「返して……」
人形の小さな唇が動いた気がした。だが、その声ははっきりとは聞き取れなかった。
僕は身動きが取れず、その場でただ立ち尽くしていると、人形がゆっくりと歩み寄ってきた。そして――僕の足元に倒れ込み、細い腕で僕の足を掴んだ。
その瞬間、僕は恐怖で目を覚ました。
再び現れる悪夢
翌日、あの夢のことがどうしても頭から離れなかったが、ユウタに話すと「ただの夢だろ」と一笑に付された。
しかし――それからも、僕は同じ夢を何度も見続けた。
夢の中ではいつも、あの和室に立っている。そして、日本人形が僕の方へ近づき、「返して……」と囁く。日に日にその夢は鮮明になり、恐怖が増していった。
ユウタの異変
ある日、ユウタから突然電話がかかってきた。
「おい……最近、変な夢見てないか?」
僕はゾッとした。ユウタも同じ夢を見ていたのだ。あの人形が、ユウタにも夢の中で何かを訴えているという。
「人形が言うんだ……返せって……」
その言葉を聞いた瞬間、僕は全身に鳥肌が立った。
「お前、あの人形を元の場所に戻さなかっただろ? あれ、ヤバいって!」
電話の向こうでユウタは焦った様子だったが、どうすることもできないと言った。
「なあ、もう一度あの廃墟に行って、あの人形を元の場所に戻さないとヤバいんじゃないか……?」
廃墟に戻る
僕たちは恐る恐る再びあの廃墟へ向かうことにした。夕暮れ時の薄暗い森を抜け、再びあの旅館の中へ足を踏み入れた。
和室の扉を開けると――。
そこには、あの日と変わらず、人形が無造作に転がっていた。
「……これを戻せば、大丈夫なんだよな?」
ユウタは震える手で人形を持ち上げ、部屋の隅にある元の場所へと慎重に置いた。
その瞬間――和室全体が、まるで息を吹き返したようにひんやりと冷たい空気で満たされた。
「もう終わりだよな……?」
僕たちは無言のまま頷き合い、急いで廃墟を後にした。
それでも続く夢
人形を戻したその夜、僕は再び夢を見た。
夢の中、あの和室には誰もいなかった。ただ、人形が静かに座っているだけだった。
しかし――その人形の顔は、今までと違っていた。
以前は無表情だったその顔が、微かに笑っているように見えたのだ。
その笑みを見た瞬間、僕は飛び起きた。
もう二度とあの廃墟には行かない――そう心に決めたが、その日以来、夢を見ることはなかった。
最後の奇妙な出来事
それからしばらくして、ユウタから連絡が来た。
「なあ、変なこと言ってもいいか?」
僕は嫌な予感がした。
「俺さ、この前またあの夢見たんだよ。あの人形……今度は俺に『また会おうね』って言った気がするんだ……」
その言葉を聞いたとき、僕は全身が凍りついた。
もしかしたら、あの人形はまだ僕たちを見ているのかもしれない――どこかで、今も。
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