怖い話 奇妙な話 不思議な話 短編集

最後の扉 怖い話 奇妙な話 不思議な話 短編集

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病室の日々

老人・田島は、もう何週間も病院のベッドで過ごしていた。重い病が彼の体をむしばみ、今では食事もままならず、ただ横たわるだけの日々。妻や子供、孫たちが見舞いに来るときは微笑むが、それも疲れることが増え、次第に言葉少なになっていた。

年齢も年齢だ――自分でもよくわかっている。
「そろそろ、お迎えが近いかもしれんな……」

彼は長い人生を振り返り、満足感とともに小さな後悔を胸に抱えていた。友人も多く、家族にも恵まれ、豊かで充実した人生だった。だが――心のどこかに、子供の頃から思い描いていた別の人生への憧れがくすぶり続けていた。

「魔法や剣で戦うファンタジーの世界……」

そんなものが現実にあるわけはない、と分かっていながらも、その夢想だけは捨てきれなかった。

不思議な夢

そんな田島が、ある時から奇妙な夢を見るようになった。

夢の中で彼は、小さなテーブルを挟んで、もう一人の自分と向かい合っている。同じ顔をした自分――ただ、どこか若々しく、穏やかな笑顔を浮かべていた。

「人生はどうだった?」と、向かいの自分が尋ねる。

田島はゆっくり答えた。
「うん、幸せだったよ。友達もいたし、結婚して家族もできた。孫の顔まで見れたし、本当にいい人生だった。」

「ただ……」

「ただ?」

田島は少し照れたように笑いながら言う。
「本当は、もっとファンタジーな世界を生きてみたかったんだ。魔法や剣で戦って、魔物やドラゴンを相手に冒険する――そんな世界さ。」

「ゲームや物語の中でしかないけどね。でも……やっぱり楽しそうだよな。」

夢の中で二人は、そんな話を何度も語り合った。少年のような笑顔で、どこまでも続く冒険の話を思い描きながら――。

身体に取り付けられた機械

現実の田島の体は、日ごとに衰えていった。機械が彼の心拍や呼吸を管理し、身体にはいくつもの装置が取り付けられていく。それらの機械音が響く中、田島はただ静かに天井を見つめる時間が増えた。

ある日、いつものように機械が淡々と音を刻む中――

――「ピーピー!」

警告音が突然響き渡った。看護師と医者が飛び込んできて、何かを叫びながら田島の周囲に集まる。だが、田島は彼らの言葉ももう聞こえない。ただ、疲れ果てた体を静かに沈め、まぶたを閉じた。

扉の前で

目を閉じた瞬間――彼は再び夢の中にいた。

テーブルの向こうには、いつもの「もう一人の自分」が座っている。その姿は、いつもよりも少し輝いて見えた。

「さて、どうする?」

「どうするって……?」

もう一人の自分はにこりと微笑む。
「お前が望んでたファンタジーの世界で、生きてみないか?」

「本当に、そんなことができるのか?」

「できるさ。試してみたいんだろ?」

田島は少しの間、じっと考え込んだ。どこかで現実的な自分が「そんな夢みたいな話があるか」と言いそうになる。だが――なぜだろう。この夢の中では、どんなことも自然なことのように思えた。

「……そうだな。もしできるなら……生きてみたいな。」

もう一人の自分は優しく頷いた。
「じゃあ――この扉を開けろ。」

田島が顔を上げると、目の前には木でできた古びた扉が現れていた。どこか温かく懐かしい雰囲気を持つ扉だ。

扉の向こうへ

田島はゆっくりと立ち上がり、その扉に向かって歩き出した。足元は軽く、長い間忘れていた力強い感覚が全身に蘇ってくる。

「この扉の向こうには、何があるんだ?」

「お前が望んでいた世界さ。魔法や剣、ドラゴン、そして新しい冒険――すべてが待っている。」

田島は少し微笑みながら、扉の取っ手に手をかけた。

「……じゃあ、行ってくるか。」

扉をゆっくりと開けると、まばゆい光が彼を包み込んだ。その光は、どこまでも温かく、心地よい――。

田島は穏やかな微笑みを浮かべながら、光の中へと足を踏み入れた。

その先で彼を待つのは、剣と魔法の世界か、それとも新しい人生か。

それは誰にも分からない。ただ一つ言えるのは、田島が新しい冒険に向かって歩き出したということだ。

扉は静かに閉じ、後にはただ静かな病室が残った。

機械の音が止まり、病室には深い静寂が広がった。

その瞬間――どこか遠くで、ドラゴンの翼が羽ばたく音が聞こえたような気がした。



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