山奥にある古びた集落へ、僕と友人のタカシは泊まりに来ていた。都会から離れた静かなこの場所は、空気が澄んでいて自然に囲まれている。だが、僕たちがここに来たのは癒しを求めるためではない。
僕たちの目的は、この集落にあるという、昔のサナトリウムのような隔離病棟――今は心霊スポットとして噂される廃病院の探索だ。
チェックインを済ませると、僕たちはさっそく宿泊施設の女将に廃病院について聞いてみた。
目次
廃病院の場所
「……ああ、その病院ですか」
女将は少し困ったような表情を浮かべた。
「ずっと昔、結核患者を収容するための病棟だったと聞いています。治療という名目で、外の世界と隔離され、患者たちはそこで一生を終えることも多かったそうですよ」
僕は少し嫌な予感がしたが、タカシは興味津々の顔で続きを促した。
「病院はまだ残ってるんですよね?」
女将は苦笑いを浮かべながら首を横に振る。
「残っていますが……もう道が荒れていて、車では行けません。舗装も剥がれてしまっていて、歩いていくしかないんですよ。少し遠いので、あまりお勧めはできませんけど……」
その言葉を聞いて、僕は「やめておいた方がいいかもしれない」と思ったが、タカシはどうしても行くと言って聞かなかった。
「歩いていくしかないなら、歩いていこうぜ!」
病院への道
女将に教えてもらった道を頼りに、僕たちは病院を目指して歩き始めた。舗装の剥がれた道はひび割れ、ところどころ草が生えていて、廃れた感じが漂っている。
「これ、結構遠いな……」
歩き始めて1時間ほど経った頃には、辺りは木々に囲まれ、だんだんと不気味な雰囲気が漂ってきた。空は曇り始め、風が木の枝を揺らし、不規則な音を立てている。
やがて、木々の間から病院の廃墟が見えてきた。
廃病院の内部
その病院は、すでに朽ち果てかけた建物だった。窓ガラスは割れ、壁は苔に覆われている。入口の扉は壊れていて、かろうじて建物の形を留めているだけのように見えた。
「うわ……これ、ガチでやばいやつだな」
僕は足を止めたが、タカシはどんどん中へと進んでいく。
「おい、戻ろうよ。こんな場所、絶対やばいって……」
「せっかく来たんだし、ちょっとだけ見て帰ろうぜ!」
仕方なく、僕もタカシの後を追った。
忘れられた空間
廃病院の中は、時間が止まったように静かだった。
患者の名簿が散乱し、古いベッドや医療器具がそのまま残されている。壁には黄ばんだポスターが貼られ、「早期発見で結核予防を!」と書かれていた。
僕たちは、かつてここで多くの人が病と戦っていたことを実感し、思わず無言になった。
廊下の奥には診察室や隔離部屋があり、どの部屋も朽ちたまま放置されていた。僕はその風景に不気味な気配を感じた。まるで、ここで亡くなった患者たちが、今もこの場所に囚われているかのような――。
恐ろしい叫び声
「……なあ、もう帰ろうよ」
僕がそう言いかけた瞬間――。
遠くから、恐ろしい叫び声が聞こえた。
それは、人間の声のようにも、獣の咆哮のようにも聞こえる、不気味で狂気じみた叫びだった。
「……おい、今の聞いたか?」
タカシも顔を青ざめたまま僕の方を見た。声の方向はわからないが、確実にこの病院のどこかから聞こえた。
「……逃げよう!」
僕たちは無言でうなずき、廊下を全速力で駆け出した。
宿泊施設に戻って
僕たちは何とか病院を抜け出し、来た道を一気に引き返した。背後から何かが追ってくる気がして、走るのをやめることができなかった。
ようやく宿泊施設に戻り、僕たちは息を切らしながら玄関に駆け込んだ。女将が驚いた顔で僕たちを迎える。
「……どうしたんですか?」
僕たちは病院での出来事を話し、あの恐ろしい叫び声について語った。
女将の言葉
女将は、しばらく無言で話を聞いていたが――やがて、ため息をついた。
「……その声、聞いてしまったんですね」
「……え?」
僕とタカシは、顔を見合わせた。
「昔、その病院では……患者が何人も発狂したそうなんです。症状が進むと、隔離され、誰にも会えなくなり――最後には、ずっと叫んでいたとか……」
女将は言葉を濁しながら、ゆっくりと続けた。
「だから、その叫び声を聞いた人は……もしかしたら、その患者の魂を呼び覚ましてしまったのかもしれませんね」
最後の一言
僕とタカシは、それ以上何も言えなかった。ただ、廃病院の中で感じたあの叫び声は――。
今も耳の奥に残り、思い出すたびに背筋が凍る。
あの病院には、今も誰かの声が響いているのだろうか。それとも――僕たちがその声を聞いてしまったことで、何かが始まってしまったのだろうか。
考えるたびに、胸の奥がひんやりと冷たくなる。
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