会社を少し早めにあがった私は、友人のカズと一緒に海へドライブに出かけた。平日の夕暮れ時の海は人気も少なく、静かで穏やかな雰囲気だった。二人は浜辺近くの駐車場に車を停め、潮の香りを感じながら波音に耳を傾けていた。
「この時間の水平線、めちゃくちゃ綺麗だな!」
カズは双眼鏡を取り出し、夕焼けに染まる海を眺め始めた。カズはアウトドア好きで、双眼鏡やカメラを持ち歩くのが趣味だった。夕日を眺めながら、二人は他愛のない会話を交わし、リラックスした時間を過ごしていた。
だが、しばらくすると、カズの様子が変わった。双眼鏡を持つ手がピタリと止まり、表情が硬直している。
「……おい、ユウタ……」
小さな声で名前を呼ばれ、ユウタはカズの方を向いた。カズは表情をこわばらせたまま、双眼鏡を握りしめている。
「どうした?」
「海に……誰かいる。こっちを見てる……」
カズは双眼鏡を外さず、微かに震えながらそう呟いた。その言葉に、ユウタは思わず笑い飛ばそうとしたが、カズの異様な緊張感を感じ取り、黙り込んだ。
「貸してくれ」
ユウタは双眼鏡を受け取り、カズが示す方角に双眼鏡を向けた。波が夕日に染まり、淡いオレンジ色に輝いている。ユウタは遠くの海をじっと見つめ、水平線をなぞるように視線を走らせた。
そして、視界に奇妙なものが映り込んだ。
波間から、人のような何かが顔を出している。だが、その姿には違和感があった。肌は不自然に緑がかっていて、夕焼けの赤い光を浴びてもなお冷たく湿っているように見える。瞳は釣り上がり、目の奥がどこか死んでいるような、暗い穴がポツリと開いていた。
「なんだ、これ……?」
ユウタは震える声でそう呟いた。まるで何かに吸い込まれるかのように、その異形から目が離せない。人間に見えなくもないが、肌や瞳の異常さが、人間とは似て非なるものであることを物語っている。
その生物は、波に揺られながらじっとこちらを見ている。冷たい視線がレンズ越しに伝わり、ユウタの背中に寒気が走った。
「まさか、人が溺れてるわけじゃないよな……?」
カズが震える声で言う。ユウタは再び双眼鏡を覗き込み、その異形の存在を確認しようとした。
だが、その瞬間、ユウタの視線を感じ取ったかのように、その生物はわずかに笑みを浮かべたように見えた。口元がわずかに引き上がり、何かに気づいたかのように、動き始める。
ゆっくりと、波間に沈みながら。
海の中へと消え、まるで最初からそこにいなかったかのように、再び水平線は静かな波だけが揺れていた。双眼鏡を外して海を見ても、もはや何も残っていない。
「おい、ユウタ……さっきの、見間違いだよな?」
カズが不安げに聞いてくる。ユウタは言葉に詰まりながらも、最後に見た冷たい笑みを思い出し、なんとか笑顔を作ろうとしたが、言葉が出なかった。
夕焼けの空は、まるで何事もなかったかのように静かに広がっていた。
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